第74回:ウエーブ・ダンサー その4
更新日2003/01/09
こうしてみると、何度か死なずに済む分枝点がありながら、運命に引きずられるように、キャプテンはネガティブな選択を繰り返しているように見えるのだ。ベリーズ政府の強制退去令を無視し、トニーの申し出を断った裏に、西欧至上主義の姿が見え隠れしているように思う。
カリブの国々だけではないだろうが、発展途上国を訪れる西欧人は現地人を理解しようとせず、蔑視し、政府のあり方をあざ笑い、自分の優位を誇示する傾向が強いのだ。これは日本人にも当てはまることだ。
キャプテンがベリーズ政府の命令を無視し、また現地人が差し伸べた援助を断ったのは、自分の方が海も船もハリケーンもよく知っているから余計な差し出がましいことはしてくれるなという心理が多分に働いていた、と言ってよい。
私自身、そんなヨッティーに嫌になるほど会ってきた。彼ら、彼女らの傲慢な偏見の影に、貧弱なコンプレックスがプンプンと臭っていた。地元の漁師は確かに学問においては西欧のヨッティー、キャプテンに遥かに及ばないだろう。
しかし、海辺に棲み、海に生きているその土地の人々は、海と自然に対する畏怖の念を強く持ち、自然を恐れながらも、自分の存在を海に賭けて生きているのだ。理解がより深いとは言うまいが、違った次元で研ぎ澄まされた感性を持っていると言ってよい。そんな地元の人々を無学だからといって、誰が笑うことができよう。
ハリケーンへの本能にも似た恐怖がアンジェラを救い、抱いて当然である恐怖を現代的装備と知識で包みこんだキャプテンが、20人の命を道ずれにしたのだ。
さらに付け加えて言えば、この2年前に“ウエーブ・ダンサー”が米国マイアミにいた時、ハリケーンに遭遇している。その時は、米国政府の退去命令に従い、全員船を降り、避難しているのだ。
風が強まった5時過ぎに、リッチモンド・ダイビングクラブの面々はそれぞれの船“アグレッサー”、“ウエーブ・ダンサー”へと引き上げた。その後の2隻の船での過ごし方に象徴的なものがある。
“ウエーブ・ダンサー”は遅い夕食を摂り、そのすぐ後の8時頃ヒットされ、流され、横転するのだが、“アグレッサー”の方は、早めに夕食を終え、ジェームス・ボンドのビデオ見てリラックスしてはいるが、同時にキャプテンは全員にデッキシューズか運動靴を履くように指示していた(いつもは裸足かサンダルで過ごす)。
また、緊急下船用に、ホントに必要なものだけを入れ、体に着けることができ、かつ泳ぐのに邪魔にならない大きさ、重さの小さなバッグを各自に用意させ、救命胴衣を着用させている。
また、クルーには次第に高くなってきた潮に合わせ、舫いロープを緩めさせている。これは暴風のもとで、危険極まりない作業だが、ある意味でこの作業が“アグレッサー”を救ったといえる。
“ウエーブ・ダンサー”では、キャプテンは救命胴衣を着用する指示もしておらず、誰も着けていなかった。
風速が80ノット(約130キロ)を超えると、腹に応える轟音から超音波的な高音までが鳴り響き、大地を揺さぶり、普通の会話ができなくなる。もちろん立って歩くことも不可能になる。それが140ノット(約230キロ)になったのだ。
ハリケーンが最高潮に猛威を奮っている最中、“アグレッサー”のダイブインストラクターのムアーは、機関車がぶつかってきたような衝撃があったと証言している。それがロープの切れた“ウエーブ・ダンサー”がぶち当たったものだった。
ムアーは真っ先にデッキに駆け上がり、強力なスポットライトで”ウエーブ・ダンサー”が100メートルほど離れた対岸に横倒しになっているのを見つけた。
すぐさまキャビンに降り、ダイブ仲間のロブとウエットスーツを着込み、フル装備の上にライフジャケットを着け、果敢にもディンギーで救助に向かったのだ。
ダイビング友達を救いたい一念で、わが身の危険を考えるゆとりがなかった、と後で語っている。英雄とはこんな心理から生まれるのだろうか。ムアーとロブは“ウエーブ・ダンサー”の3人の命を救い、3人の死体を収容した。
ムアーとロブ、それに救助された人のインタビューを総合すると、ハリケーン“アイリス”はムアーとロブの勇気に敬意を表してか、スーッと汗が引くように一時期勢力を弱めているのだ。
時間にして20〜30分、ハリケーンの目がBig Creekの真上を通過したのだろう。この小休止が3人の命を助け、かつムアーとロブを二重遭難から救ったのだ。
…その5へつづく
第75回:ウエーブ・ダンサー その5