第75回:ウエーブ・ダンサー その5
更新日2003/01/16
タグボート“ミス・ゲイル”は、“ウエーブ・ダンサー”と桟橋を挟んで係留していた。キャプテンのアール・ヤングは、“ウエーブ ダンサー”が最初の突風とそれに伴った大きな波にさらわれた瞬間を目撃している。
暴風でかしいだ船が3メートルほど持ち上げられたのと同時に、船尾の舫いが切れ、数秒後には船首の舫いも切れて、流されたと証言している。付け加えて、“ウエーブ・ダンサー”の舫いロープがきつ過ぎたのではないかとコメントしている。
事後の調査で、舫いロープは最低8本とっていたが、船尾のクリート(舫いを結ぶ金具)が船体から引き剥がされ、またコンクリートの桟橋側のボラード(舫いを取るところ)も引き抜かれ、他のロープは切れていることが分った。
舫いロープはショックアブソーバーのような役割を果たし、文字どうりゴムのように伸び縮みすることで衝撃を和らげるが、ゴム紐の役割を充分果たさせるにはかなりの長さ、遊びが必要なのだ。
きつく舫いロープを取っていると、全衝撃がそのままロープとクリート、ボラードにかかるのだ。ハリケーンがもたらす暴力的な衝撃に耐えうるモノはない。
“アグレッサー”が高潮と大きなうねりに合わせ、舫いロープを長く伸ばした理由はここにある。
ここにトルネード(竜巻)理論が出てくる。保険会社のレポート、“ベリーズの被害調査レポート”に出てくるのだが、ハリケーンの中にもう一つ強力な竜巻が発生し、その竜巻が“ウエーブ・ダンサー”の舫いロープを切り、船本体を持ち上げ、対岸へ運んだというのだ。
そんな話は聞いたことも、文献で読んだこともないので、最初何のことか理解できなかった。突き詰めていったところ、情報のミナモトを見つけ、初めて納得がいった。そしてその他の不可解な情報もすべて同じ震源地から発生していた。
ピーター・ヒューグは、自分の名前を冠したオーシャンレジャー会社を持っている。その旗艦が“ウエーブ・ダンサー”だ。ピーター・ヒューグがトルネード理論、というより、屁理屈を創造したと断言してもよい。
同じ桟橋に係留していた他の4隻が無事で、自分の船だけが遭難したのだから、船に建造上の問題があったか、キャプテンのミスしか考えられないことになる。
彼にとって不可抗力の言い訳が成り立たないと困るのだ。そこでひねり出したのが、ハリケーン中のトルネード(竜巻)だ。トルネードは中心の勢力は異常に強く、あらゆる物を破壊するが、中心から20〜30メートル離れただけで風のスピードが激しく落ちる性格がある。
生存者の一人で、彼のお抱えカメラマンに、“吸い上げられ、水の上を飛ぶように陸まで運ばれ、落下した”と証言させているのだ。もし、このトルネード理論が通ると、保険会社の掛け金払い戻しは容易になるであろうし、当然起こるべきあらゆる裁判に有利な材料となる。
しかしながら、地元の調査団も保険会社のロイドの検査官も、“トルネードはなかった”とした。
道路がパニック状態の人々のために交通がマヒしていた、適当な非難場所がない、などの情報もすべて、ピーター・ヒューグが発信元だったのだ。
“ウエーブ・ダンサー”がライトハウス岩礁の投錨地から、ベリーズシティに向かわず、ハリケーンの予想針路の方角、Big
Creekに向かった謎も、ピーター・ヒューグがキャプテン・マーチンに強硬に命令していたとすれば、納得がいくのだ。ピーター・ヒューグが緘口令をしいている以上、キャプテンとの間にどのような会話があったのか知ることはできない。
ダイバー客にツアーに参加するときにサインさせる、2ページの細かい字で印刷された契約書にいかなる事故にも責任を負わないという条項を盾に、現時点でピーター・ヒューグは亡くなった人の家族に一銭も支払っていない。
“ウエーブ・ダンサー”は、明るい空色の船腹を見せ、マングローブに覆われた海岸近くで横倒しになり、17名のダイビング客、3名のクルー、計20名の命を奪った。助かったのはキャプテン・マーチン、以下クルー5名、ダイビング客3名の計8名である。
ベリーズだけで、14,000名がハリケーン“アイリス”のために家を失ったが、命を落とした者はいなかった。
裁判は続行中だが、ピーター・ヒューグは“ウエーブ・ダンサー”を修復し、豪華ダイブボートとして就航させている上、同形の“サン・ダンサー”も進水させ、商売大繁盛の様相である。
第76回:処女航海 その1