薄暗いトーチカのような警察署で、泥棒を3メートルと追いかけられないほどすさまじく太った婦警が、いかにも怠業そうに、「そこで待て」と、まるで蝿でも追い払うかのように、木のベンチを指さした。そこで待つこと2時間、彼女らが何も仕事をせずに、ただ雑談しているだけなのは明らかだった。彼女たちは、私たちがスペイン語ができないと思っているのか、はばかることなく、私たちがなぜわざわざために余計な仕事を作りにやってくるのだ、生きているだけいいじゃないか、などと同僚とわめき散らしていた。
私には無能な役人の尊大な態度に会うとカッとなる傾向があり、以前もアメリカの移民局で口論をやった末、入国拒否に会い、2年間渡米できなかった経験がある。そのときも、口に油でも注したかのように回転の良くなったスペイン語で猛然と抗議し、いかにもタフそうな男のオマワリ2人が飛んできたほどだった。
ともかく盗難届をだし、帰りがけに、連れ合いがおずおずと「盗まれた物、返ってくるかしら」と婦警にたずねたところ、婦警は我々に向かって小馬鹿にしたように「アハッ、持ち主が変わっただけのこじゃないの!」と言い放った。
私の高校時代の女友達が離婚した。あるとき地震に遭い、それほど大型なものではなかったが、家全体がガタガタと揺さぶられた。そのとき、ダンナのほうが頭に毛布をかぶり、我先にと階段を駆け降りて逃げた。その毛布のひらめきが、彼女の網膜に焼きつき、いつまでも消すことができず、「こんな人だったのか。私を置いて先に逃げる人なんか信用できない」と演繹され別れたと語った。地震にさえ遭わなければ、彼女はまず離婚することはなかったろう。
普通の生活のなかで、突如、そうした危機に見舞われることはほとんどないかもしれないし、一度もそんな危機を体験せずに一生を過ごせるならそれに越したことはない。そうした非常事態のときにこそ人間の本当の価値が現れるなどという人がいるが、それはウソである。百歩譲っても、それは真実のほんの一部分でしかないのだ。性格の一部が表に出るだけのことだ。基本的には単に向き不向きの性格の問題なのだ。
これは自分で体験して初めてわかったことだが、どうやら私は不測の事態への対応能力が高いほうらしい。おそらく銀行員よりは消防士のほうが向いているのだろう。今思えば、感情の高揚に結びついた肉体の行動があったのだろう。今回に関していえば、ただ一つのこと──「俺のヨットを海に戻す」こと──にすべてをかけていた。私のヨットよりもずっと破損が少なく、簡単に浮かせることができるはずのボートやヨットの持ち主が、悲嘆にくれながら、ただ呆然とヨットを沈むに任せる光景をなんと数多く見たことだろう。
さて、これが映画か小説なら、私がヨットを海に戻したところで「The End」の字幕が出て終わるところかもしれない。しかし、人生は続く。連れ合いには、そのとき「精神も肉体も強いヒト」と持ち上げられはしたけれど、そのような感動には持続性がない。私もすぐに本来のグータラなダメ亭主なり、連れ合いに愚痴られるいつもの存在に戻ることになった。ともかく、ハリケーンの後の私はヨットを無事に修復し、20年来の連れ合いにも逃げられることもなかった。