第80回:新マリーナ経営法 その3
更新日2003/02/20
マリーナの機能面での改良は皆無だった。マリーナへ入港するところが浅瀬になっていたが、この鬼門はそのまま掘り下げられることもなく、マリーナをよく知らないヨットは必ずのし上げた。
アンドレのサルベージの仕事を作り出すため、故意に掘らずに放ってあるとしか思えないほどだ。船を結ぶためのコンクリートの柱が抜けたり、傾いでいるのもそのまま、沈んだ船やヨットがマリーナの周囲に堆積するにまかせ、地元の新聞が“船の墓場”と写真入りで報道したほどだった。
アンドレに何度か簡単な補修を、例えば桟橋のクリート(船を舫う金具)がグラグラに緩んでいるから付け直して欲しい、というようなことを頼んだ。最初のうちはアンドレもフムフムと聞いていた。が、もちろん何もしてくれはしなかった。 そのうち、「マリーナのことはマリアに任せてあるから、マリアに言え、俺はサルベージ業だけだ」とやりだしたのだ。
イスレタのヨッティーの間で、どうにもならない事態が起こった時、「オオ! アベ マリア!」と嘆息するのが流行り出した。
アンドレがマリーナの改善、経営に全くなんの意欲も持っていないこと、自分の作業船をタダで係留でき、機材置き場が欲しかっただけなのがはっきりしてきたのだ。加えて、自分より20、30歳若い女房に全く頭があがらないことも明白になった。
彼が来て2ヶ月も経ったころから、マリアの歩き方、話し方が普通でないのが目につき出した。足腰がふらついているのだ。その異常に高いハイヒールのためだけではなさそうだった。
あるとき緊急用のフェリーキャプテンをやってくれないかと持ち掛けられたのを、“ご辞退”をしにマリアの事務所に行ったところ、アルコールと香水と薬品とが混合した臭いが鼻をついたのだ。
マリアの目は赤くよどみ、厚い化粧の下に土色のすさんだ皮膚が覗いていた。二日酔いを薬で抑えようとしたが、やはり迎え酒が一番とばかりに聞こし召したようだった。
じきに、酒の息がマリアの香水の香りに勝るようになってきた。お昼過ぎには、すでにでき上がっている日が多くなってきたのだ。アル中の症状が日に日に強く現れ出し、と同時に隠しようもないほどマリアの下腹がふくらみ始めたのだ。
すでに孫のいるマリアの妊娠は恰好のゴシップになった。「なんせ、マリアって言うくらいだから、セックスせずに妊娠できるんだろうよ」「宅急便の配達兄さんが、怪しい」「アンドレのバイアグラが効力を発揮した」などなどが飛び交った。こういった噂はどこでも拡がり易いが、イスレタではとりわけ歓迎される。
ある暑い日の昼、マリアは見晴らしのよい自分の事務所のある2階の階段から酔って転げ落ち、フェリーにアルコールの臭いを残し救急車で運び去られた。
こうして1年におよぶ、アンドレ・マリア時代は幕を閉じたのだ。彼らがイスレタに残したのは、混沌とコンクリートの立派な門と、それに張り付ている錆の目立つ動かないオープンゲート、吹きさらしのパゴダ待合所、使われることのなかった、マリーナサイドの三つのフェリー乗り場だった。
ただ一つ、マリアがマリーナの事務所につけた最新のエアコンだけは今も動いている。マリネーロたちが涼みにきて、そこに居座る傾向はあるが…。
ニボをはじめ、イスレタマリーナの古株が戻ってきた。時代の流れが止まるだけでなく、イスレタでは逆流することもあるのだ。
アンドレの作業船は、係留料を滞納しながらイスレタに居座っている。
第81回:宝島