夕方、ダングリガの村を川沿いに散歩した。私には土地の人の生活を覗いてみたいという癖がある。その時も、こうして村を歩けば誰か必ず声をかけてくるに違いない、と踏んでいた。案の定、村に差し掛かるやいなや、即大声でおよびがかかった。家に来い、入れと、前歯が見事に無くなった中年が、満面こぼれるような笑みを浮かべながら手招きしている。ここ、ダングリガ村のガリフナ族は、凄まじいなまりの英語を話すのだ。
待ってましたとばかり、招待に応じ小屋に入る。とそこは、四角いテーブルが置かれた6畳ほどの居間兼ダイニングルーム兼台所になっていて、木のベンチが置いてある。つややかに光った濃い褐色の皮膚を持つ、身体のありとあらゆる部分が「丸」で構成されている彼の妻、大きな良く動く目を持つ10歳くらいの女の子にその弟2人(このガキ2人はヨットに上がって来た10数人の中にいた)が、夕食を終えるところだった。家に床は無く土のままで、柱も土台や基石を置かずじかに埋めている。そこへ荒く引いた板を打ち付け、ハイ、一軒出来上がり、という造りである。私は別に民族学の調査をしているわけではないが、この村に住むガリフナ族の中に、源アフリカ的、源カリブ的な生活様式を探していたのかもしれない。
小屋に入って、テレビと電気釜を見た時のショックは大きかった。ヨットから見た村の光景から、まるで特殊なフィルターを透したかのように、自分の頭の中からは電線やテレビのアンテナが消えていたのだ。何世代の経たような丸太船で漁をしている村にテレビは似合わないと思い込んでいたのだろうか。今までいかに貧しい漁村に行っても、ボロ船にヤマハの船外機くらいは着けていたものだ。ところがこの村人は船外機よりテレビを優先させたようだった。
そして、なんという汚さ、臭さだろう。魚のアラに銀蝿がたかり、河口にはごみが堆積している。プラスチックのカップ、ポリバケツの壊れたもの、スタイロホームの皿、ゴムゾウリの片割れが異常な臭気を放つごみの山からのぞいているのだ。
もう夕食は済ませてきたと何度か断ったが、勧められるままに試食に及んだ。テーブルの脇に据えられたガスコンロに、超大型の深いスープ鍋が湯気をたてていた。丸の主婦が、源色が分からないほど変色したプラスチックのボールにごった煮風の、お米に魚、ヤムイモの入ったポタージュを盛ってくれた。私にさあ食べな、と突き出した時、ボールを抑える彼女の親指がしっかりとボールのなかのスープに入っていた。ある程度の清潔感の譲歩はやむを得まい。ところがこのガリフナ風ブイヤーベース、今こうして思い出しても唾が沸くほど美味しかった。香りの強いほうれん草のような野菜(後で知ったがレカオと呼ぶ)が魚の臭いを消し、お米にスープの味が浸み、薄い塩味も風味を殺す程ではない。この丸おばさんがもう何回となく繰り返してきた伝統に裏打ちされた食の文化の集積がある、と言いたくなるほどの味だったのだ。
翌朝、船から見る村は、静かな海面に反射し絵のような美しさだった。目を凝らして見るまでもなく、電線がだらしなく張られ、テレビのアンテナが突き出ていた。
第30回:プエルトリコ交通事情