■貿易風の吹く島から〜カリブ海のヨットマンからの電子メール

佐野草介
(さの・そうすけ)


道産子。小学生の時、フランス人4人がヨットで世界1周する記録映画を見て、人生の針路を決定する。水上生活者として20余年。前半は地中海、後半はおもに大西洋とカリブ海で暮らす。現在はカリブの砂州、カージョ・オビスボにヨットを舫い棲家とする。




Caribbean Sea Map


Puerto Rico Map
第34回:ジム

更新日2002/03/28 


ジム・レイは奥さんのルーと世界一周をし、その後海軍基地内でフェリーキャプテンをしていたが、ヨットへの情熱を断ち切れなかったのだろう、42フィートのケッチを買い、「ブルーイーグル」と名付けた。ファイバーグラスのヨットが造られ始めた頃、船の中でも恐ろしく堅牢な、しかしクラシックなラインの実に美しいものだった。もう一度、もっとゆっくり時間をかけて、見落としたところに寄りながら世界を回ろうという腹積もりだった。

長い航海に出かけるための2年かけた準備をようよう終えようという時に、ハリケーンが接近してきた。ハリケーン対策のひとつとして、ヨットをマリーナから出し南へ下る、というのがある。つまりハリケーンは北西に進むので、先に南下してしまえばハリケーンから逃れられるのだ。実際、そうして多くのヨットが無事にハリケーンをやり過ごしてきたし、戦略としては正しい。ましてやジムはヨットの古強者だ。誰もが4、5日でマリーナに帰ってくるものと思っていた。が、7年経った今も、ジムは帰って来ない。奥さんのルーも3年近く待ったが、ここのコンドミニアムを売りアメリカに帰った。

ジムが自分のヨットを救おうとして、自らの命を失うはめになったのは確実だ。結局そのハリケーンは北上し、カリブには何の被害をももたらさなかった。海はウネリがあるものの暴風にはほど遠い、比較的静かな状態だった。私はジムが大洋を渡るのに十分過ぎる食料、水、燃料を積み込んだのをこの目で見ているし、計器類、緊急避難用の備品、ライフラフトなどは準備万端整っていた。定期検診の結果、血圧や心臓にも問題はない。その上海軍上がりらしく、安全備品は大げさなほど積み込んでいた。

しかし、ジムはヨットと共に忽然と消えたのだ。叩き上げの海軍軍人で、ヨットの経験も世界を一周したほどあり、近代設備を備えた丈夫なヨットで、シケてもいない海に消えたのだった。沿岸警備隊もヘリコプターを飛ばし大掛かりな捜索を行ったが何も見つけることができなかった。ジムが無線で連絡できない事態、さらにはイーパブ(緊急用の衛星通信信号機)の自動発信プラグを引き抜く時間がないほど急激に事件が起こったことは確実だ。そんなケースといえば、海の交通事故、他の大きな船との衝突か、水面に顔を出すか出さない程度に浮いているコンテナなどの物体にブチ当った場合だ。私も大西洋横断中、ヨットから3、40メートル先の距離にコンテナが波間に浮き沈みしているのを目撃し、ゾッとした覚えがある。

ハリケーン逃れの南下を何度かこなしているボブは、かなり高い確立で大型貨物船かクルーズシップにひき逃げされたのだろうと推論した。ハリケーンが接近すると、その針路にいる船は港で荷役中であろうと一旦中止し、まず100パーセント近くが南下策をとる。大型船のパニックに近い南下ラッシュが始まるのだ。ボブによれば、そんな船を避けるため2日間全く寝ずに舵を取らなければならなかったそうだし、2度ニアミスさえあったと言う。何十万トンとはいわないまでも、数千トンの船でも、40フィートのヨットが舳先に当っても蚊に刺されたほどの衝撃も無いことだろう。イーパブのプラグを引き抜く時間もない緊急事態は大型船に轢かれたと考えるのが理にかなっている、とボブは言う。

死は、いかなる場合でも決してロマンチックな要素をはらむものではないが、ましてや忽然と海に消えた場合、まだどこかで生きているのではないかというあり得ない期待が残された者へ影を引き、死を受け入れる切れ目を持てない悲惨さがある。奥さんのルーもそんな期待にひきずられ、残酷なほどの混乱の年月を過ごした。

ジムに何が起こったかは知るよしもないが、海がまた一人、私達の友人を連れ去って行ったのだ。

 

 

第35回:アア我が祖国

 
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