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第37回: スピード狂時代
更新日2002/04/18
ヨットを移動の手段ととらえるなら、おおよそ一番お金がかかり、一番遅く、しかも、一番乗り心地の悪い乗り物であり、ヨッテーに言わせれば、「急ぐなら飛行機に乗れ」ということになる。
我々がクルージングしているような全長12メートル内外のヨットは、通常4ノットから7ノットのスピードでセーリングする。陸のコトバで言えば、時速7キロから13キロの速さというべきか、遅さなのである。ヨットに限らず、すべての水上の乗り物は、空や陸のモノに較べ段違いに遅いのだ。
大西洋横断レースは、手を変え品を変え、1人乗り、2人乗り、人数制限なし、カタマラン、やれ手漕ぎボートだ、通常の客船、貨物船、スピードパワーボート、ウィンドサーフィンと、まるで水に浮くものなら何でも来いといった感じで各々の記録を競っている。クルージングヨットは、大西洋の2,800マイルから3,000マイルを20日から30日程で渡る。
大西洋の横断記録は、1905年にヨットというより、56メートルの帆船が12日と4時間で渡り、その記録が75年もの間破られることがなかったが、エリック タバルリーがトリマラン『ポール・リカルド』で10日と5時間で渡り、記録を塗り替えた。その後毎年数隻から多い年には、20隻ものスピード記録挑戦者が意匠を凝らしたヨットで挑み、多くは失敗し、ほんの僅かな者が成功し、記録を時間刻みで短縮していった。
外洋レースやこのような記録への挑戦には、天候だけでなく、運、不運がつきまとう。鯨や流木にぶつかったり、キールを落としたり、船体にダメージを受けたりもする。マストが折れたり、舵が取れたりは極限を求めるヨットにとって茶飯事だ。
1990年にセルジ・マデックが打ち立てた大記録、6日13時間3分32秒は当分破られることがないだろうといわれた。平均スピードが18.63ノットだから、汽船と変わらないスピードを維持したことになる。それより遅い貨物船はいくらでもいる。
ところが、である。アメリカの億万長者、ステーブ・フォセットの全長38メートルのモンスター級のカタマランが、4度目の挑戦で4日17時間28分6秒というとてつもない記録を打ち立てたのだ。まさに記録は破られるためにあるかのように、かれらは前線が西から東へ時速20〜30マイルで移動するパターンに乗り、強力な前線に押されるかっこうで大西洋を渡り切ったのだった。
一方、パワーボートの大西洋横断記録は、ブルーリボン賞と呼ばれ、商業用の本船に限られている。222フィートのイタリア船は、1992年に2日と10時間で渡っているが、本来の意味での商業用の船ではないとして、賞を与えられなかった。記録は、1998年にオーストラリアの300フィートのカタマラン・カーフェリーが作った2日20時間9分である。
全く風以外の動力を使わずにヨットで出した最高スピードは46.42ノット、時速77キロだが、水の抵抗を抜きにして、車にセールをつけて走らせると文字通り風よりも速く、それどころか風速の4倍の速さを出せるのだ。セールが新しい風を作り加速を生み、またそこで得たスピードがセールにより速い風を作らせると、本人も理屈は分からぬが、ともかく凄いスピードを生む風とセールの懸けあいに驚嘆するばかりだが、1月28日にイギリス空軍の陸上ヨット"Windjet”は風速20〜30ノットの条件で、時速116ノット(約186キロ)出したが新記録に0.7ノット及ばなかった。
マリーナのバーで、「あいつらは気狂いさ、ヨットはスピードを求める物じゃねえ」とのたまっている御仁も、これらの先駆者から、船型、セールやリグで、少なからず恩恵を受けているのだが…。
第38回:ドラッグ天使
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