第12回:ボートボーイ〜その1
更新日2001/06/28
マジョルカ島を基地にして地中海をクルーズしていたことがある。我々の財力には分不相応な52フィートのケッチを服部と共同で持っていた頃のことだ。しかも、周囲の事情がわからぬまま、パルマの高級なヨットクラブ、クルブ・デ・マールに舫っていた。
ヨットというのは、とにかく世話のやける、手間と暇のかかる乗り物だ。服部とペンキ塗りだ、ハッチの修理だ、と終わりのない手入れをしていたが、日に2〜3人、多い日だと6〜7人もの職探しやヒッチハイカーが寄ってくる。「この船で仕事はないか?」というわけである。しばらく雑談をしていく奴もいる。そして、「お前、いくらもらってる?」とか「オーナーはお前たちを正当に扱っているか?」などと訊ねる輩もいる。彼らのほとんどが私たちをボートボーイだと思うのである。
たしかに、そう取られてもしかたのない条件があるにはあった。ヨットはオランダの旗を揚げていたし、私の連れ合いは米国中西部産で金髪碧眼に近いので、オランダ人と間違われる要素はあった。オランダのお金持ち女性オーナーと、哀れなインドネシア人ボートボーイといったところである。まあ、服部と私はヒドイ格好で働いていたにしろ、ヨーロッパ人の固定観念は変わらないものがあるようだ。私のほうでも、職探しにきたお兄ちゃんとの共感を絶たぬため、「うちのオーナー、そんなに悪くはないねー。君もいい仕事が見つかるように幸運を祈っているよ」と偏見を増長するような受け答えをしておいた。
ボートボーイとは、船で最下層の仕事である掃除係あるいは雑用係を意味する。カリブではボートボ−イは黒人ばかりで、逆にキャプテンは、チャーター船、プライベート船を問わず、まず白人であるといってよい。
ここにもうひとつ、別のタイプのボートボーイがいる。東カリブ海のクルージングは彼らの洗礼を受けずに通り過ぎることはできない。
サンタルチア島のマリゴット湾は、緑の丘に抱きかかえられるように、深い、2つのまるい入り江をもつ絶景のアンカレッジだ。セールをたたみ、エンジンでマリゴット湾の入り口に近づこうとしたところ、陸から水しぶきをあげて、ワッとばかりにこちらに迫ってくる一団がいるではないか。
十数人になろうか、浮遊物であれば何でも使えるといった感じで、自作カヌーらしきものやら、半分に割れたサーフボードやら、あるいは流木やドアにライフジャケットを縛りつけたものなどで、我先にと我々のヨットまでやってきて、ヨットの横にしがみつく。そして、「おれが、お前のすべてのめんどうをみてやる」「新鮮な野菜はいらないか」「アンカレッジまで案内する」「コカコーラをくれ」「何処から来た」「何日いるのだ」と一斉にガナリたてるのである。何人かは、濡れてぼろぼろになった、他のヨットからの推薦状のようなものをかざしている。
ボートボーイの襲撃と呼ぶにふさわしい集団訪問を受けたとき、私の連れ合いはの恐れをなして緊張のあまり顔を引きつらせていた。私のほうは、すでにアラブの国々での強引な物売りやインドのバクシーシを体験していて、こうした状況を受け流す術を多少心得てはいたが、それにしてもスザマシイ攻撃である。
ヨットはエンジンで動いているので、両舷に彼らを引きずり、ぶら下げるかっこうになる。誰かがバランスを崩して転んだりすれば、プロペラに巻き込まれる可能性があり、危険なことこのうえない。ともかく湾に入り、錨を入れる。もちろんその間、ボートボーイたちはずっとヨットの両舷につかまってセールス活動を続けているのだ。
カリブクルージングの古強者から教わったとおり、彼らの1人を指名し、「ここにいる間は、お前を担当者にするから他の者を寄せ付けるな」と言い渡す。もちろん、指名料を払わなければならないのは、どこかの国のあやしげなバーと変わらない。ただし、こちらの場合は1日3〜5ドルくらいのものだが。
そのときは、比較的おとなしそうな「ポセイドン」という大そうな名のティーンエイジャーを世話役にしたのだが、これは人選をあやまった。このポセイドン先生は我がヨットに積んでいないコカコーラやTシャツをねだるばかりで、マンゴーやカボチャなどを注文しても、まだ青くてとても食べられないのを持って来るし、他のボートボーイからの攻撃も防御してくれなかった。2〜3日目からは、朝早くから何人もの選考漏れボートボーイの訪問を許し、当人はもっと金持ちそうで、冷えたコカコーラを山ほど積んだアメリカのヨット専属へと移籍した。もちろん彼から我々に対して移籍料の話はなかった。
第13回:ボートボーイ〜その2