第52回:人類皆、泥棒
更新日2002/08/01
私たちがヨットを舫っているマリーナに古いコンドミニアムが2棟建っている。70年代に竣工した当初は、売りあぐみ、家具や冷蔵庫からカーテンの果てまでつけて、300万円でも買い手がつかなかったそうだ。よほどの物好きか、マリーナにヨットを持っている人がポツリ、ポツリと買う程度のことだったらしい。
サンホアンからの50Kmの街道も酷いものだったし、そこからフェリーに乗らなければならないので、交通の便が非常に悪かったのだ。それがこの4、5年人気が沸騰している。道路がよくなったし、ちょっとした離島感覚を手近に味わえる上、一旦この小島に着いてしまえば、犯罪が皆無だから、子供たちを安心して放っておけるのが人気の原因らしい。今では、2,000万円相当出しても、売り物が見つからないそうだ。
イスレタコンドミニアムには大金持ち、小金持ちはいても、貧乏人が入り込める余地はない。コンドミニアムの出入り口には立派なゲートがあり、高さ3メートルはある金網のフェンスでマリーナと仕切られている。そのゲートの脇に40、50台のショッピングカート、アメリカ流の大きくて丈夫なヤツが並んでいる。
カートは車からフェリーへ、そしてコンドミニアムへと食料雑貨を運ぶのにすこぶる便利な必需品だ。だが、これらのショピングカートは100%、スーパーのK-MartやWall-Martから買い物ついでに盗んできたものなのだ。第一、この手のカートは一般に売っていないし、ほとんどが店の名前を付けたままになっている。中には恥じを知ってのことか、所有権を主張してのことか、スーパーの名前を削り落としているカートもある。
が、いずれにせよ盗品に変わりはない。滑稽なのは、苦労して盗んできたら、盗ませまいという配慮が強く働くらしく、これも100%南京錠とクサリで防犯、おさおさ怠りないことだ。そしてここの住人は全員盗みを働かなくともよい、中流以上の金持ちなのだ。
プエルトリコ最大のスーパーマーケット・チェーン“プエブロ”では、年600台のカートが盗まれ、サンホアンのショッピングモールでは月200台の割で消える。近年流行のファミリーバン、SUVなどの大型車はスッポリと大型のショッピングカートを積み込めるので、盗難に拍車をかけたと分析している。
駐車場に見張りのタワーを立て、商店街もカートの防犯に出た。連れ合いの同僚がK-Martの駐車場で真昼間、車を盗まれた。タワーの上から監視している警備会社の係員に、事情を聞きつつ、お前は一体何をしていたのだとクレームをつけたが、警備員は「店のカート、備品の盗難を防ぐのがオレの仕事で、他人の物を誰かが持っていくのはオレの知ったことか」とのたまった。
ハリケーンの後、マリーナの中で半沈したパワーボートに夜、灯りが見えたので、チェックしに行った。計器を取り外すのに懸命な泥棒が二人、私の大きなサーチライトに浮かび上がった。なんと彼らはこのマリーナに50フィートクラスの豪華なヨットを持つ知り合いの弁護士とその息子だったのだ。
「な〜んだ、サーノか、脅かすな〜。こんな計器類はどうせ水を被ればダメになってしまうから、誰かが使うべきだ。アッチの方にまだいい物があるぞ」。私が、かれら同様、物を盗みにきたと信じ切っているのだ。
芥川龍之介が『羅生門』で書いた下人の悩み、盗むべきか否かは、プエルトリコでは存在しないのだ。
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