第15回:クバグア島〜その2
更新日2001/08/02
島の西側にアンカーを入れる。
遺跡のある東側まで昔の塩田の上を歩いて渡った。塩と泥が強烈な太陽の熱で焼かれ、白くひび割れたまっ平らな小型の砂漠を造りだしている。ほんの小一時間ばかりの横断だが、熱帯に慣れているはずの私たちでさえ、体液のすべてが蒸発してしまいそうな気がした。ペリカンの死体が塩と強烈な太陽熱のため腐りもせずに、干からびた骸骨となって転がっている。この塩田に潮を汲み入れるために、いったいどれだけの人数のインディオが使われ、捨てられたことだろう。この白く焼け付いたフライパンのような平地を抜け、クラつくような暑さのなか、ヌエバカデツに着いた。
石畳の小路がそのまま海へと滑り込んでいる。家々の基石や土台が残り、町の様相を知ることができる。ある家は背丈ほどの石壁が残っている。そのなかでもよく持ちこたえている家は漁師のキャンプ用に転用されて、青いプラスチックの大きなカバーが雨避け用にだらしなく張られ、カマドを作るために石の壁は壊され、食の粗いニワトリが走り回っている。ヌエバカデツは遺跡に一顧だにしない漁師達の支配下にあるのだ。
水没した部分は500年近い歳月を経て、深い緑色のなかに不気味な静けさをたたえ、私たちにシュノーケルでの飛行遊泳にも似た水中散歩を許してくれた。海に沈んだ遺跡の多くがそうであるように、距離をおいて上から見ると、薄緑色のベールを透したように、おぼろげに街並みを見て取れるが、いったん水を蹴って潜り、街へと舞い降りると、街並みは消えうせ、海藻やコモゴモの付着物に覆われた瓦礫の山となった。水没した遺跡は格好の漁礁となり、水中銃を持ってこなかったことを悔やんだことだ。しかし、廃墟の上空を飛ぶ鳥の気分を味わうことができただけでも満足すべきなのだろう。
私はモノに対する執着心が薄いと自負していて、人にもそのように言われるが、実際に見たこともないクバグア島の黒真珠を自分で採りたいという、とりとめない考えにとり憑かれた。カリブの黒真珠──その響きだけで、短編小説の1つや2つ、出てきそうだし、島々の漆黒に輝く美しい女性達を思わせるものがあるではないか。
私は猛然と真珠採りに挑んだ。500年前にインディオたちがマスクもシュノーケルもフィンもないのに採ることができたのなら、今の私にどうしてできないことがあろう。牡蠣の類をやたらに採り、薄刃のナイフを刺し入れて貝を開くその一瞬に、もしや小粒の物でもと期待し続けたが、素人のダイバーが素潜りで採れるはずの物でないのは明らかだった。
大量に残った牡蠣の身を、「彼の文豪ヴィクトル・ユーゴ先生(デュマだったか?)は牡蠣を一晩に200個だか300個食べたゆえに性豪を誇ったんだ」などと、連れ合いに能書きを並べつつ、酢醤油とレモン汁で大きなドンブリに2杯は食べただろうか。およそ2時間もたったころ、長年のヨットライフで最大の危機が始まった。猛烈な下痢と嘔吐の波状攻撃が一晩続いたのだ。黒真珠への幻想は激しい食中毒をもたらしただけだった。もちろん性豪になり損ねたのはいうまでもない。
5年後のことである。サンファンで大手のエンジンパーツ屋を営むキューバ人とひょんなことからクバグアの黒真珠の話になった。彼は真珠のためだけにボンベやコンプレッサーをヨットに積み込み、ひと夏をクバグアで過ごし、ついに黒真珠を手に入れたという。革の袋からうやうやしく取り出された黒真珠は いびつな正露丸ほどの大きさで、神秘的でもなく、美しくもない薄黒い豆のようだった。よくよく思い起こしてみれば、カリブの島々で神秘的な美人にお目にかかったことなど一度もなかった。
第16回:人は何によって生きるか