第66回:イスレタ島人物伝 その4 〜 リチャードとレネ
更新日2002/11/07
海やヨットに特に関わりがなくても、マリーナを散歩するのは楽しいものだ。ヨットや豪華な船をただブラブラ見て歩くだけで、心がなごむ。オーナーに見放された風体のヨット、いかにも潮っ気をたっぷり含んだ容貌の船、芸術品のように細部まで磨きぬかれた船などを眺めるだけのことだが、人をくつろがせ、リラックスさせる。
美術館に1時間もいると、ドッと疲れが出るのはどうしてだろう。海やヨットには緊張をほぐす作用があるのではないかと思いたくなる。最近、日本のマリーナだけでなく、どこへ行っても、”関係者以外入場お断り”の表示があり、ゲートが厳しく施錠してあるところが増えたのは、悲しいことだ。自由に出入りしてもらい、マリーナ、ヨットを見てもらうことが、マリーンスポーツ全体の枠を広げることに、少しはつながると思うのだが…。
我がイスレタマリーナは立ち入り自由だ。島へ渡るフェリーは公式的には50セントの船賃を払うことになっているが、ボートヤード、マリーナで働いている人はタダ、加えて、私たちのように、ヨットに住んでいる古株は準マリーナ関係とみなされタダ、さらに付け加えて、プエルトリコ人は非常に強い家族意識、友達の絆をもっているので、“サーノの友達だ”、モンゴロイド系なら“サーノの家族だ”とフェリーキャプテンに言えばタダになる。
かくして、イスレタマリーナですら、土日の夕暮れ時に散歩する人がまばらながらいることはいる。
誰しも足を止めるのがリチャードとレネのヨットだ。ヨットと呼ぶのは当たっていないかもしれない。むしろ昔ヨットであったモノの形骸と呼ぶべきだろう。35フィートほどの木造ヨットだが、マストがない。デッキの水漏れを防ぐため、船首から船尾へ長い棒を渡し、それに変色した古いセールやビニール、キャンバスなどを何枚も、しかも古いのを取り払わずに次々と重ねてかけているのだ。屋型船のように見えなくもないが、浮いているゴミの山と言った方が当たっているかもしれない。
デッキは歩くスペースがないほど、壊れた船外機、ステンレスのチューブ、バケツ、プロパンのタンクが乱雑に置かれている。浮いているのが不思議なほどだ。ホームレスのダンボールの住まいの方が何倍も清潔だ。
そこに、四十男のリチャードと三十中頃のレネのカップルが2匹の犬と3匹の猫を同居人として棲んでいるのだ。残念ながら彼らの船の内部を見た人はいない。
そして臭いである。彼らの船の前を歩くと腐った動物のような異臭が漂ってくるのだ。お前の住んでいる島は“掃き溜め”か、と言う声が聞こえてきそうだ。
リチャードは、プエルトリコで生涯の大部分を過ごしてきた。だからプエルトリコ人と同じようにスペイン語を話すが、プエルトリコ人は彼のことを“グリンゴ”と呼ぶ。ここではアメリカ人のことをヤンキーと呼ばず、多少の軽蔑を込めて“グリンゴ”と呼ぶ。彼は英語も達者だから、完全なバイリンガルだ。
動きがすべて超スローなので、精神薄弱に見えるし、あいつはアホだ、知能指数は小学生並みだとイスレタ住人は言う。が、ただ単に彼の体内リズムが異状に遅いだけだと思う。いつも満面にうっすらと笑みを浮かべているのも、彼の評判を決定付けるのに役立っている。彼が何時からイスレタに住み始めたか誰も知らない。マリーナ創立の時からここにいる、最古参のことは確かだ。
レネがどうしてリチャードと一緒に暮らすようになり、十数年離れずにいるのか、イスレタ七不思議のひとつである。
レネはキラキラとよく光る目を持つ小柄なアメリカ人で、変質的なほどの動物好きだ。彼女の家は大変な大金持との風評で、プエルトリコの東に広大な牧場をもっているし、高級リゾートに豪邸を持っているので、まんざら噂が的外れでもなさそうだ。
レネは自分の容貌に全く関心がなく、化粧のたぐいは一切せず、顔や腕は陽に焼け、そばかすやシミが浮くのに任せっ放しだし、服装もジーパンにTシャツ一本やりで、しかも様々な動物の臭いがたっぷりとしみ込んでいる。
実際に、レネはかなり美形の部類に入るし、キュートと言っていいほどだ。一度、彼らの船に、引き締まった体の少女が丁度水から上がったばかりのところを通りかかった。小さなビキニを着けていたが、長い髪さえなければ、まるで初々しい少年のような後ろ姿だった。むこうがはにかむように、「ハーイ、サーノ」と言わなかったら、それがレネだとは気が付かなかっただろう。プエルトリコ人の圧倒的ボリュームばかりを見せ付けられていたせいか、彼女の無駄のない細い体には人をハッとさせる美しさがあったのだ。
レネは毎日、夕方大きなピッツアをどこかのお店からテイクアウトで持ち帰り、それをリチャード、犬、猫と分けている。リチャードを自分の好きな動物と見なしているようにも思えるのだ。
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