■清香茶房(ちんしゃんさぼう)〜中国茶にまつわる話あれこれ

戸恒慎司
(とつね・しんじ)


東方文芸復興・恒記茶荘(アジアンルネッサンス・こうきちゃそう)
店主。食のプロが集う東京・築地で中国茶の専門店を開く。中国茶にまつわるさまざまな疑問や質問に熱く答えます。



第4話:六安瓜片

更新日2002/02/26 


「桃源郷」という言葉は知っていた。近すぎるから知らなかったのか、訪ね歩く茶園の中に、「桃源郷」は存在する。

嬉しすぎる程、悲しすぎる経験をお持ちではないだろうか?鼻血が出るくらいに強すぎるオゾンとマイナスイオンが私の気持ちを何故か悲しくさせる。素晴らしい茶園と素晴らしい茶葉に出会えたのに……。

私はその時、六安瓜片(緑茶)を探しに安徽省にいた。金塞という名の付けられたその地域一体は、茶畑がその殆どを占める。ご想像頂けるだろうか?車で二時間走っても茶畑が終わらないなんて。

本当に茶畑が終わらないので、私達は茶畑の中央に位置する湖を船で横断することにした。船に乗り換えること30分。湖の対岸に着いた。艀も桟橋もない。対岸に、だ。

車両が通行できる道はないので歩く。歩く。歩く。2時間歩いた。

音の無い世界。太陽が降り注ぎ、風が流れる。周りは茶の香りに包まれている。

視認している世界を再度脳味噌に伝える。見たことの無い世界に、未だ正常に反応してくれない。耳を傾ける。

小鳥の声……。

やっと今、地球上の存在し、そして茶葉を求めにこの土地に来たのだということをもう一度身体に叩きこむ。「浦島太郎」。彼の気持ちが解る。本当に竜宮城から帰りたくなかったのだ、と思う。

自分にとっての「竜宮城」いや、「桃源郷」に今、私はいるのだ。

農家の庭先で娘が鶏を絞めている。
「遠くから来たあんたのために、今日はご馳走だよ」

嬉しすぎるのに、悲しすぎて……。

今の自分自身の状況をこれほど惨めに見せてくれる「ここ」はなんて土地なんだ。

川の水で淹れた「六安瓜片」。

美味しいなんてもんじゃない。
でも、悲しい。

「分相応」って言葉があるけれど、私はこの茶を味わう資格があるのか?
人生、もっと走り抜けた人にこそ、このお茶を味わう資格があるんじゃないか?

「お前、苦しみが足りないよ」
「お前、勉強も足りないよ」
「お前、悲しみが足りないよ」
「お前、喜びも足りないよ」
「お前、生き方が足りないよ」

「中途半端な茶葉が一番始末に負えないね」
400年以上続く茶農家の旦那の言葉が耳から離れない。

一杯の茶がここまで自分に語りかけ、自分と向き合わせてくれようとは……。

ジャスミン茶や烏龍茶といった、ありきたりの中国茶にちょっと飽きた方に……。
美味しい中国緑茶をご用意しております。

 

→ 第5回:ジャスミンの季節に

 
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