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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/01/17

 

第2回:アリとキリギリス

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これはあなたが35歳の時に発表した 『ラ・フォンテーヌ寓話集』 のために描いた、有名なアリとキリギリスのお話のための絵です。この頃にはすでにあなたは 『神曲』 や 『聖書』 などの大作を矢継ぎ早に発表していて、フランスのみならずイギリスやスペインなどにも広く知られる人気作家でした。

寓話は、考えてみれば実に面白い表現形式です。動物などに語らせることで、人間社会のリアルからちょっと距離を置いた非日常的な、いわば演劇的な設定が、教訓のようなものをサラリと表現する仕掛けの役割を果たしています。ラ・フォンテーヌは17世紀に、まだ子どもだったルイ14世に捧げるために、イソップ寓話にやや帝王学的な観点を導入して彼独自の詩的な作品に仕上げましたけれども、それに挿絵を描くにあたって19世紀を生きたあなたは、絵の中にあなたならではの視点をさりげなく描きこみました。

これは夏のあいだ歌っていたキリギリスが冬になってアリに食べ物を乞い、「それじゃあ今度は踊ってたらいいじゃない」 と冷たく断られる場面です。一般的には、働かないで遊んでばかりいるとそのうち困るよ、という教訓話として知られていますけれども、しかしこの絵ではあなたの気持ちは明らかに、ギターを持った美しい娘の方に傾いているように感じます。突き放すアリの表情はどこか意地悪げですし、見あげる男の子の視線も険しく、魔女や悪魔を来させないための箒や斧まで玄関先に立てかけられていて、無垢な表情で見つめているのはまだ幼い女の子だけです。

アリの一家の微妙な表情や、うっすらと積もった雪や、寒々しい背景など、まるで映画の重要なワンシーンのための美術や演出のような、繊細で入念な表現がほどこされていて、まるであなたが 「なにもそんなに冷たくしないでも」 とでも言っているかのように感じます。

これはあなた自身がアーティストで、ヴァイオリンの名手でもあったからということもあるでしょう。けれど、もともと歌や踊りは、そして絵も、自分が楽しむためばかりではなく、それを見たり聴いたりする人を楽しませもするものです。もしもアートがなかったら、人間社会はどんなに味気ないでしょう。そんな気持ちが、あなたの描いたギターを持った娘の哀しげな佇まいの向こうに漂っているような気がします。つまり、あなたの挿絵の面白さは、必ずしも言葉で書かれたことを忠実に絵に表現するだけではなくて、あなた自身の解釈を経て、しばしばそれを超える表現が付与されているところにあります。それこそが、一見古典的な画風のあなたの絵に秘められた時代的な新しさでしょう。そのことがあなたを時代の寵児にしたのでしょう。

それはかの天才詩人ランボーが日記に 「今日は一日中ドレの絵を見て過ごした」 と書いたほどの、あなたの絵の魅力の秘密がそこにあるでしょうし、そして私があなたの絵が好きな理由もまた、そこにあります。

-…つづく

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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