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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/01/31

 

第3回:才能と表現力の告知

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これは1856年、あなたが24歳の時に、自らの才能と表現力を広く告知するために自ら制作し発表した詩画集『さすらいのユダヤ人』の冒頭の作品です。

イエスの弟子の一人でありながらわずかな金で師を売ったユダとイエスを描いた作品ですけれども、ここには、やがてミケランジェロの再来と言われることになる卓抜した描写力はもちろん、劇的で動的な画面構成、写実とデフォルメが共存する表現など、のちにあなたが展開することになる表現上の特徴の多くが現れています。

降りしきる雨。風で吹き飛ばされそうな木々の枝。十字架に架けられたイエスを置いて嵐の中を立ち去ろうとするユダ。まるで動的で象徴的で絵画的なシーンを連続させることが得意だった黒澤明の映画のワンシーンのようです。後に登場する映画を先駆けるかのような、絵で物語るという方法を確立したあなたの面目が躍如しています。


他にも注目すべき点がいくつかあります。一つはこの版画集は、あなたが自らをプロモーションするものとして出版した野心的な作品だということです。挿絵本はこのころ極めて人気の高いメディアとなっていましたが、しかし挿絵画家の多くは、あくまでも注文された挿絵を、文章に描かれていることに沿ってそれを忠実に視覚化する、いわば職人でした。

あなたもまた最初はそうでした。早熟だったあなたは、エンジニアだった父の仕事で父母とともに3ヶ月間パリで暮らした際に、わずか13歳であったにも関わらず、当時の風刺画を載せた新聞を発行してジャーナリズムという分野を牽引する時代の寵児となっていたシャルル・フィリポンの店を訪問して自らのスケッチブックを見せ、驚愕したフィリポンから、直ちにここで働くようにと言われてイラストレーターの道を歩み始めたのでした。

フィリポンは、必ず学校には通わせるし油絵もちゃんと習わせるという条件を提示して渋る父親を説得し、住み込みで仕事を始めたあなたはすぐに頭角を現して一躍人気者になりました。もちろん最初はあなたも嬉しかったでしょう。何しろ華のパリで、しかも当代一のプロデューサーのもとで、幼い頃からの夢だったアーティストの道を歩み始めたのですから……。

けれども、そこでの仕事は風刺画を描くことでした。そしてそれは、もともと古典文学が好きで、しかもドイツとの国境にあるアルザス生まれのロマンティックな夢見る少年であり、いずれはダンテの『神曲』の絵を描きたいと9歳の時にすでに言っていたあなたの資質とは異なるものでした。

フィリポンの要望に応じて大量の風刺画を描きながらも20歳になる頃には、あなたは文学作品への挿絵も手がけ始めましたが、その頃の挿絵本のサイズはそれほど大きくなく、そのような既存の枠に収まりきれなくなったあなたは、突如、それまでの常識から大きく外れた大版の木口木版による、絵がメインである『さすらいのユダヤ人』を自主制作したのでした。

なにしろそれは版面が30㎝×40㎝で、本のサイズに至っては60㎝×45㎝という全く規格外の大きさでした。しかも詩画集で、ページ数は少なく、そこにあるのは短い詩と12点の版画です。そんなものを一体どこで誰に売るつもりだったのでしょう。

注目すべきは、そこに兄の作曲による楽譜が載せられていたことです。つまりこれは今でいうメディアミックス的な作品です。あなたのイマジネーションのなかでは、この作品は絵と物語と音楽とがミックスされた美的時空間として、つまり、その頃はまだなかった映画のように見えていたのでしょう。


もう一つ注目すべきことがあります。それはあなたが自分が観ている世界を表現するために、腕の立つ選りすぐりの彫り師を自らの工房に集め、彼らと話し合いながら求め得る最高レベルの版画表現を開発し、それによって幼い頃からの夢だった、世界中の古典文学を絵で物語るという野望の実現に、この作品を契機に歩み始めたということです。

あなたが選んだのは、木口木版という、柘植や樫などの硬い木の小口に絵を彫る方法で、しかもそれを当時の常識では考えられないほどの大画面で展開するというものでした。

当時の木口木版による挿絵は小さなものばかりでしたので、あなたの選択は全く常軌を逸したものでした。しかも『さすらいのユダヤ人』は、あなたがその後、矢継ぎ早に発表する、印刷用紙を半分に折った大きさの紙を綴じた、いわゆるフォリオ版よりさらに大きい全紙の変形版でした。

今日でも木口木版を用いる版画家はいますけれども、それはほとんど数センチ角の小さなもので、大きくても10センチ程度です。なぜなら木口木版は硬くて彫りにくいうえに、大きな版木を得るのが極めて難しいからです。それに関しては実は当時もそうでした。印刷時のプレスに耐える必要がありますし、そのために版木は十二分に乾燥させた木材でつくらなくてはいけません。したがって大きな版木は高価でしたから、出版社としてはコストの面で小さな版木を用いるのが一般的でした。

ところがあなたは『さすらいのユダヤ人』では、今ではもう決して得られない大きさの版木を使っています。当時でも大きな版木は貴重で、フォリオ版の画集を創ることさえ非常識の極みでした。ですからあなたはこれを自主制作したわけですけれども、もしかしたらこれは、アルザスの森林地帯の出身の、山歩きが大好きで大きな木の存在を知るあなたにしか思いつかないような大博打だったのでしょう。

しかしそのような冒険を敢えてしたのも、あなたから見れば、表現したいことを自由に、しかも高いレベルで行うためにはどうしても必要なことだったのでしょう。この絵の地面の辺りの、まるでペン画のような力強い描写や、背景や表情に見られるような、硬い版木だからこそできる細かく繊細な表現、そして絵が発する迫力などは、大きな画面だからこそなし得ることです。つまりこの作品はあなたにとっては、ドレという画家の才能と存在と展望を高らかに告知する一大プロモーションでした。


-…つづく

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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