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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/02/28

 

第5回:幻想の共有

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これは1867年、あなたが35歳の時に、桂冠詩人のアルフレッド・テニスンがアーサー王と円卓の騎士をテーマに書いた12の物語詩の中の『エレイン』のために描いた絵です。

ランスロットに一目惚れしたアストラットの百合の乙女エレインが、かなわぬ恋ゆえの恋わずらいによって衰弱死し、死後、彼女の遺言にしたがい、ランスロットへの想いをしたためた手紙と百合の花と共に船に乗せられ、ランスロットの居城キャメロット城へと静かに向かう場面です。

夏目漱石が『薤露行(かいろこう)』と題して意訳してもいますから、漱石もこの物語詩が好きだったのでしょうし、もしかしたらこの版画のことも知っていたかもしれません。

あなたは『国王牧歌』と題されたテニスンの12の詩物語の中から女性を主人公とする四篇を選んで挿絵を施しています。四冊の豪華本として出版されたそれらには、各々九点の版画が収められていますが、これらは木口木版画ではなくエッチングです。イギリスには優秀なエッチングの彫り師がいたのでそうしたのだと思われますが、この繊細なタッチがテーマに合っているとも考えたのでしょう。

加えて、普通エッチングは銅板を腐食させてつくりますが、この版画は銅よりも硬いスチール板を用いています。もしかしたらベストセラーになって大量に販売されることを出版社が期待したからかもしれません。桂冠詩人の地位はイギリスでは極めて高く、その称号は時代を代表する詩人として王家から授けられます。年俸ももらえますし、葬儀や婚礼などの王家の重要な行事には桂冠詩人が詩を詠みます。

ドレが挿絵を施した四冊の本の表紙には、そんなテニスンと同じ大きさの扱いで、タイトルとともに大きく金文字でドレの名前が記されていますから、ロンドンではあなたの名前がすでに知れ渡っていたことが伺えます。

実際、画家としてのあなたの評価は、フランスよりもイギリスの方がはるかに高く、これはあなたのロマンティックな資質が、批判精神が高く風刺画を好むフランス人よりイギリス人に受け入れられやすかったからでしょう。

革命によって王政や教会の権威を打倒したフランスにおいては、それ以来、権力や権威や上流階級や富裕層に対する批判精神が高く、それらを風刺する風刺画や、それを掲載する画入り新聞(ジャーナル)が大流行し、いわゆるジャーナリズムが興隆していましたから、風刺画を捨ててイギリスで古風でロマンティックな騎士物語の挿絵などを描いているあなたのことを素直には受け入れがたかったのかもしれません。

 

しかしこのアーサー王の物語に対する、一見極めて素直に映る挿絵において、あなたは一つの不思議な世界を創出しました。それはあなた独自の、つまりはあなたの心の中にしかない、現実にはどこにも存在しない幻想的な世界を描いたということです。

もちろんイギリスは森も水も豊かな美しい自然に恵まれた場所です。とはいうものの、実際にこのような雰囲気を持った森や古城が、このような空気感とともに存在しているかといえば必ずしもそうではありません。またあなたの故郷のストラスブールを流れるライン川のほとりには古城が多く、今でもライン川を船で下る古城めぐりなどが盛んですが、しかしそれらはおおむね小さなもので、ここであなたが描いたほどに華麗で荘厳なものではありません。つまりここに描かれているのは、実在の景色ではなく、あくまでもあなたのイメージのなかに存在する幻影(ヴィジョン)なのです。実はアーサー王だって、そういう王や円卓の騎士が実際にいたというわけではなく、そのモデルのような騎士がいたとはしても、物語そのものは人々が創り上げたものにほかなりません。

ここで私は何もそれが嘘だと言っているわけではありません。そうではなくて、人間には目の前にはないもの、実際にはないものをイメージする力があり、時にはそれが、人々の心の中に隠れている夢のようなもの、できればこうあってほしいと願う気持ち、あるいは現実がそうではないからこそあったら良いのにと思える美しい何かを代弁していることもあるということです。アーサー王の物語もだからこそ人々に愛され語り継がれてきたのです。そこには優れた王がいて、美しいお姫様がいて、一騎当千の美しくも凛々(*りり)しい騎士たちがいて、勇気に満ちた闘いがあり恋があり悩みがあり忠誠や信頼や魔法など、お話だからこそありうるドラマティックな世界があります。そしてそれは、心のどこかで美しいものを、あるいは美しくあることを願う、人が人であるからこそ持つ気持ちの表れです。そして騎士物語や古城はあなたの想像力を豊かに触発する格好の素材でした。

あなたはそれを見事に描いて見せました。つまり美しい自然や実際に存在する古城をモチーフにしながらも、それをアーサー王の物語と共鳴させる形で、思いっきり美しく最大限に増幅させて見せたのでした。

 

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これはまさしく、のちに映画やCGやアニメーションが展開することになる手法です。絵のように美しい、という言葉がありますけれども、あなたは人々が愛する物語のためにリアルで美しい絵を描くことで、人々の心の中に、幻想的な実在感(リアリティ)あるいは既視感を与えたのでした。

あなたと同時代を生きたバイエルン王国の国王ルートヴィッヒが国を傾かせるほどの財を投じて建設させた、かの有名なイノシュヴァンシュタイン城は、あなたが描いた絵のイメージをモデルにして創られたと言われています。つまりあなたは、人々の心のなかにあなたのヴィジョンを描き込んだばかりか、そのヴィジョンを自らのものとして、それを実在させるために全てを費やす王さえも創りだしたということになります。

そしてそれこそが、映像というものが持つ力のなせる技でした。しかもあなたの類まれな観察力と正確なデッサン力に基づく写実性と、不思議な幻想性を兼ね備えた画像は、知らず知らずのうちに人々の深層心理の中に自然にしみ込んでいきました。私があなたを、今日の視覚コミュニケーション時代を先駆けたアーティストだと考えるのはそのためです。しかもあなたはそこからさらに先を目指しました。たとえばこんな作品があります。

これはテニスンのアーサー王にまつわる詩物語に対してあなたが描いた四冊の詩画集の中の『ギィネヴィア』の中の版画です。

 

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これはアーサー王の右腕ともいうべき騎士ランスロットとアーサー王の妻であるグィネヴィアとの許されぬ恋を描いた物語ですが、ここではあなたの幻想性がさらに発揮され、深く立ち込める霧が無数の女性の裸体のように描かれています。これはもはや増幅や誇張という次元にはなく、ランスロットの幻想、あるいは幻影を視覚化した映像です。

人間には目の前の景色の向こうに、そこには実際にはない何かを視る幻想性があり、それこそが多くの文学や絵画の美しさの源となってきました。芸術だけではなく科学的な技術などもまたそのような力の賜物です。その力の牽引がなければ、船も飛行機も印刷機械も生まれ得なかったでしょう。

あなたはそんなことは夢にも思わなかったでしょうけれども、このような映像は今では映画の中などで実際に創り出すことができます。例えば、丘の上のランスロットが見つめる谷間を流れる濃い霧が、次第にこのような妖艶な女性の裸体群の映像へと変化し、そして再びゆるやかに立ち込める霧になっていくというような映像は、今ではCGとコンピューターを駆使すれば容易に創り出すことができます。

重要なのは、CGのことなど知らなくとも、あなたはこのような幻影(ヴィジョン)を、あなたの豊かなイマジネーションの中で視ていたということです。視ていなければこのようには描けません。言い方を変えれば、絵であれなんであれ、全ては誰かが何らかのヴィジョンを想い描いたからこそ実体化しうる、あるいは実現に向かうということです。

そのためにはヴィジョンが自覚化されたり、他者と共有される必要がありますけれども、このような絵には、人々の想像力を自ずと喚起する何かがあります。つまり、実際にはあり得ないかもしれないけれども、しかしこのようなことを映像化してほかの人も観れるようにすることは可能だろうか、そのためには何が必要なのだろうかと考えるきっかけになりうるということです。その時、百聞は一見にしかずという諺がありますけれども、もしこのようなヴィジョンそのものを内包したような絵があれば、それを視た人々の間でヴィジョンは共有されやすくなります。この絵によってテーマが具体化され、それがわかりやすい旗印のようになって創造力を牽引(リード)し得るからです。あなたは明らかに、映像というものの力を熟知し、それに魅せられた最初の幻視者、あるいはそのヴィジョンを、人々の共有幻想の中や社会の現実の中に存在させることができるはずだと信じたヴィジョンアーキテクトの一人でした。



-…つづく

 

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道


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