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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/04/25

 

第9回:ペローの昔話

 

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あなたの面白さは挿絵を施すべき作品の内容によって、微妙に表現スタイルを変えることです。

これはシャルル・ペロー(1628~1703)の『昔話』のなかの『赤頭巾ちゃん』のお話に対してあなたが描いた絵です。『昔話』はペローが、子どもに語り聴かせることを念頭に置いてヨーロッパの昔話をもとにして書いたお話ですから、ここでは『神曲』などとは異なり、画面にリアリティを付与するのではなく、物語のイメージを損なうことなく主人公のキャラクターに寄り添い、想像力をより膨らませるような描き方をしています。しかもあなたは、ちょっと不気味なところがあるペローの昔話が持つ独特の雰囲気をしっかりと絵にも反映させています。この作品をあなたは1862年、つまり『神曲』を世に出した翌年に発表していますが、同時期の二つの作品の画風の違いには驚かされます。

 

ちなみにヨーロッパの文化的精神風土は、大雑把に言って四本の大きな柱によって支えられています。一つはキリスト教的な善悪。一つはギリシャ・ローマ的な美意識。一つは、それらが広まる前にヨーロッパ全土に存在し、ヨーロッパ人の心の深いところに脈々と流れるケルト的な感覚や風習。

そしてもう一つは、それらが混ざり合い、また不思議なことや英雄的な存在に憧れる人の気持ちに裏打ちされたファンタジーです。騎士道というヨーロッパの文化にとって重要な精神やさまざまな奇想天外な物語がありますが、これはこのファンタジーの系譜の中に入ります。

キリスト教の行事にはケルトの風習を取り入れたものが多くありますし、ルネサンスがそうであったように、キリスト教的な善悪によって社会が閉塞状態になったり、社会が豊かになって人々の中に開放感を求めるようなムードが高まったときなどには、しばしばギリシャ・ローマ的なものがもてはやされます。

 

ペローの昔話は、長く言い伝えられてきた物語を集めたものなので、いろんな要素が混ざり合っていますけれども、どこか根底にケルト的な要素、やや魔術的な不思議な力や残酷さや、理屈では説明できない不思議な脈絡のようなものが漂っています。『昔話』の表現にはそのようなケルト的なものと、現実の中では起こりえないような事を夢見るファンタジー的なものが投影されているように思われます。

『赤頭巾ちゃん』でも、赤頭巾ちゃんは最後で、いくら賢そうに見えてもまだ子どもの赤頭巾ちゃんより一枚上手のオオカミにあっけなく食べられてしまいます。

それではあんまりじゃないかということで、後の物語では、赤頭巾ちゃんを食べたオオカミのお腹を裂いて赤頭巾ちゃんを救い出したり、かわりにお腹に石を詰めて縫い合わせたり、などという話になっていたりしますが、ペローの『昔話』ではそんな甘い救済はありません。食べられてお終いです。それというのも、深い森と人間社会とが混在し、というよりまだ人間社会が都市化せず、人間が自然に依存していた頃の自然を怖れる感覚が残っているからでしょう。

 

ほかにも『長靴をはいた猫』では、あなたはこんな絵を描いています。

 

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これは、貧しい粉挽きの三男坊のカールが父親の遺言でネコを遺産としてもらいますが、このネコが人間の言葉を喋るばかりか、人間よりも賢くて、カールに立派なブーツや騎士の帽子などを買わせて自分をカラバ侯爵の家来のネコ騎士ということにして、色々と策を弄して王様と仲良くなります。

この絵はカールと王様との出会いを演出している場面で、貧しい服しか持っていないカールと王様を会わせるにあたって、カールに裸で水の中に入っていろ、自分が合図をしたら溺れる真似をしろと命じて、王様が近づいてきたと見るや、大声で「大変です、主人のカラバ侯爵が溺れてしまいます、私はネコで泳げませんので、どうか助けてください」と叫んでいる場面です。ネコの目論見通り、家来に命じてカールを助けた王様は、部下に命じて立派な服を用意させ、そこからカラバ侯爵ことカールとお姫様とおつきあいが始まります。ネコはさらに、何にでも姿を変えることができる人食い鬼のいるお城で、鬼をうまく騙してネズミに変身させて退治し、カールをそこの城主にして、カールとお姫様を結婚させます。

それにしても騎士の姿をしたネコの描き方にいかにも念が入っていてユーモラスで、腰にはネズミまでぶら下げています。それに比してカールは何やら心配そうで、全体的にリアルな感じとお話の非現実的な感じとが上手く混ざり合ってちょっと不思議な雰囲気です。

 

ともあれあなたは、一般の画家たちとは違って、画題である文学作品の主題(テーマ)や趣向(テイスト)に応じて表現スタイルを変えることが得意です。これはあなたの器用さやキャパシティやこだわりのなさからくるものであると同時に、言葉によってそれぞれ異なる豊かな幻想空間を創り出す個々の文学作品への敬意の表れでもあったのでしょう。

ちなみにこのネコの絵は、2014年にパリのオルセー美術館で催されたあなたの大回顧展の際の巨大なポスターに用いられてパリの街を飾りました。原画は木版画ですから大きくしても線がぼやけたりしませんし、あなたの絵は全体的に空間的ですので、大きくすればするほど迫力が出るのも一つの特徴です。

私は以前、『神曲』のあなたの絵を三千枚のスライド写真に撮って、それをロックのライブ演奏に合わせて、三面の大きなマルチスクリーンに投影するシアターパフォーマンスを行ったことがあります。その時の迫力に観客はずいぶん驚いたようですけれども、それより何より、私自身が圧倒されたことでした。



-…つづく

 

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー

第1回:ドレが描いた最初の絵
第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道
第5回:幻想の共有
第6回:ドレの肖像写真
第7回:私がみた最初のドレの絵
第8回:美しい悪魔

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