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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/05/09

 

第10回:風刺画

 

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これはあなたが若くして、当時のパリの敏腕出版プロデューサー、シャルル・フィリポンと契約をして、彼が発行する新聞(ジャーナル)(Journal pour Rire=笑いのための新聞)に載せるために描いた風刺画です。いろんな帽子をかぶった、つまりはいろんな階級や職業の、どちらかといえば老人たちが寄り集まって釣りをしています。左端に一人だけ、大きな帽子を深くかぶって顔が見えない小柄な人がいます。もしかしたら彼だけが若いのかもしれません。

どちらにしてもみんなで同じ場所に釣り糸を垂れて、魚が釣れる気配など皆無です。ただの暇つぶしなのでしょう。みんな新しい靴を履いていますしちゃんとした服を着ていますから、そこそこ裕福なのだと思われます。みれば帽子と帽子の間に蜘蛛の巣が張っています。よほど長い間みんなでじっとしていたに違いありません。

 

当時フランスでは風刺画が大変な人気を博していました。これにはフランス人の気質ということもあるでしょうけれども、彼らがフランス革命を起こした国民だということが大いに関係しているでしょう。

フランス革命は、それまでの人類の歴史にかつてなかった社会運営形態、つまり王様や神官のような存在が社会を統(す)べるのではなく、上下を逆転させ、国民が主権者となって国を治める仕組みに国家運営の体制を変えてしまったのですから、まさに革命でした。

フランス革命は背景がやや複雑ですのでここでは詳しくは触れませんけれども、全く新たなことというのは社会化して安定するまでに時間がかかります。

フランス革命もその後紆余曲折を繰り返し、あなたの時代にはナポレオン三世という皇帝が国を治める、いわゆる第三帝政という社会体制になっていました。要するに国民が国家運営の主人公であるとする、近代の国民国家の概念に基づく仕組み創りは未だ試行錯誤の状態にありました。

しかしフランス革命において、とにもかくにもフランスは、王や王妃を処刑して王政を打破し、またそれまで圧倒的な権威を持っていた教会の力を政治に持ち込まない議会運営の仕組みを創るという社会変革を成し遂げました。

これからは個々人が自由にものを言って政治に参加する民衆の時代だと、国全体の市民意識が大いに高揚していましたから、ジャーナリズムという言葉の語源である風刺新聞は、格好の彼らの感情や情念の代弁者でした。

そこでは時代遅れの存在とされた王侯貴族はもちろん、僧侶や貪欲な大金持ちや商人や、古い権力や権威にしがみついたり、その価値観に未だに囚われている連中が激しく攻撃されたり揶揄されたりなどして、人々の笑いの対象となりました。そればかりではなく、その頃急激に成り上がってきた小金持ち階級、いわゆる中産階級(プティブルジョア)もまた、大いに笑いの対象となりました。

そんな中で、アルザスの土木技師の子でありながらアーティストとして成功して、皇帝であるナポレオン三世とさえ仲が良かったあなたの風刺画は、どちらかといえば政治的なものや体制攻撃的なものよりも、人間のおかしみや、市民生活の奇妙さに視点を当てたものが多く、風刺の度合いもそれほど露骨なものはなく、どことなくペーソスを感じさせるものや、そこはかとない滑稽さを見つめるものが多く、その意味ではあなたの故郷の先輩の風刺画界の大スター、グランビルに通じるものがあったかもしれません。

もしかしたらそれはあなたが、フランス革命の震源地である大都会のパリから遠く離れた、どちらかといえばドイツ的な文化圏にある森林地帯の落ち着いた街ストラブールの出身だったことと、あなた自身のロマンティックな持って生まれた資質が大きく関係しているでしょう。

 

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これは晩餐会の様子で、おそらくはデザートを取り合っている場面を描いたスケッチですけれども、ここにも種々雑多な人々がいて、とても紳士たちの集いとはいえない有様です。下の方にドレ1849のサインがありますから、あなたはまだ十七歳で、フィリポンのところで働き始めたばかりの頃の絵です。

とにかく幼い頃から絵を描くことが大好きで、絵を描いていさえすれば機嫌が良く、寝るときも鉛筆を握って寝たという逸話が残っているようなあなたですから、絵を描くことに労を惜しむというような考えは微塵もなく、なにかと大勢の人を登場させるのが好きでした。そうしていろんな人の表情や動作を描くのが楽しかったのでしょう。

 

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この絵はオークションの様子を描いたものです。かつて絵画は主に王侯貴族や富豪や教会のためのものでした。しかしフランス革命と産業革命以降、社会と経済の仕組みは大きく変わり、何かの拍子に財を成すものや、新たな事業を興して成功する者や、そのおこぼれに預かって豊かになった小金持ちが大勢現れ始めました。この絵の中にも実にいろんなタイプの人がいて争って絵を買おうとしています。

絵画が王侯貴族の権力や教会の権威から独立して、絵画として独り立ちし、社会的な商品として売買されるようになるのは、ちょうどこの頃からでした。印象派以降のオリジナリティ重視の流れもそのような状況と呼応しています。

大金持ちは金融や事業や投機などでさらに富豪になることができましたから、その子息や家族で芸術に関心のある人たちが、有り余ったお金で気に入った画家の絵を蒐集することが流行り始めました。かつて王侯貴族や教会の独占状態であったパトロンの役割を、金持ちたちが担い始めたというわけです。

 

ヨーロッパでは基本的に土地や建築の所有者の多くは王侯貴族や教会であって、日本のようにやたらと売買されたりはしませんから、将来性のある画家の絵を買うことは大金持ちにとってはもちろん、小金持ちたちにとっても面白みのある投資でした。

投資対象としては、今は無名でも将来有名になるような画家の絵を手に入れること、その可能性を見極めることが重要です。そのためにも、誰が描いた絵かがはっきりわかる絵、要するにオリジナリティのある絵が求められました。

価値が生まれ、それが持続し、あるいはより価値が高まるためには自ずとそれとわかる目印のある特定のブランドとその維持が必要になります。またその価値を担保する批評家や物語も必要です。こうして十九世紀以降のオリジナリティ神話のようなものができていきます。

そのような時代的文化的ムードのなかで、版画は庶民が味わうことができる身近で素敵なアートでした。主にリトグラフを用いた風刺新聞や、主に木口木版を用いた挿絵本がもてはやされたのも、そのような時代背景と不可分です。安価なジャーナルや挿絵本は、大衆にとって気軽に所有することができるアートでした。

 

しかしあなたは風刺新聞を自らのメインステージとは、どうやら思えなかったようです。もちろんフィリポンと契約したあなたは、あっという間に有名になって、猛烈な勢いで仕事をしましたし、それは幼い頃からアーティストになるんだと宣言していたあなたの望んだ道ではあったでしょう。しかし同時に、フィリポンと契約したのと同じ年、1848年に父を亡くし、母や兄弟をパリに引き取っていきなり一家の大黒柱となったあなたには、たくさんの仕事をこなさなければならない事情があったでしょう。

しかしフィリポンとの三年の契約期間が過ぎるとあなたはすぐに、挿絵本の仕事に猛然と、それこそ寝食を度外視して取り掛かり始めます。活版印刷機を発明したグーテンベルクが、世界で最初の活版印刷による『聖書』を印刷したストラスブールの出身のあなたにとって、本という形は、おそらく特別な何かだったのでしょう。

もちろん芸術表現全般に興味があり、舞台や建築にも強い興味を持っていて、五十一歳の若さで亡くなる前には盛んに彫刻を創っていたあなたですから挿絵本の制作と並行して盛んに油絵も描き始め、サロンにも出品するようになっていました。

しかし古典的な技法と画題のあなたの絵は、ましてや版画という一点ものではないプリントメディアでの表現を展開するあなたは、当時の個性的な表現や新たな技法やテーマを求める批評隊たちからは結局、高い評価を得ることができませんでした。

しかし今日から見れば、少なくとも私の目には、風刺画の世界から離れて、古典文学の時空間を丸ごと視覚化する道に向かったあなたの全方位の表現活動は、極めて果敢で斬新なものとして映ります。

なぜなら時代もアートシーンも、そこから、そして二十世紀に入って堰を切ったように急激に、映画のような大衆(マス)に向けた、物語的な映像表現の時代、さらには二十一世紀に入って、専門性が重視された近代を超えるものとして、再び多様性の時代へと移行して行くことになるからです。


-…つづく

 

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー

第1回:ドレが描いた最初の絵
第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道
第5回:幻想の共有
第6回:ドレの肖像写真
第7回:私がみた最初のドレの絵
第8回:美しい悪魔
第9回:ペローの昔話


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