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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/06/06

 

第12回:ロマン主義

 

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これはフランスのロマン主義の先駆者の一人とされるシャトーブリアン(1768~1848)の物語『アタラとナッチィーズ』に対してあなたが施した挿絵です。『ドン・キホーテ』と同じ年、1863年に発表されましたが、新大陸アメリカの、ミシシッピー川流域の雄大な自然を背景としたネイティブアメリカンの悲恋の物語に対してあなたは、ここでもテーマに呼応して、ドン・キホーテとは全く異なる表現スタイルをとっています。

あなた自身は新大陸に足を踏み入れることはありませんでしたが、しかし想像力豊かなあなたは、シャトーブリアンの作品から、ヨーロッパとは全く異なる自然の異次元の豊かさと、異文化の香りのようなものをうまく作品の中に漂わせています。

考えてみれば、フランス革命という、過去の体制や価値観にことごとく異議を唱えた人類史的な大花火を合図に始まった十九世紀は、実に多様な価値観が混在した時代でした。革命そのものが、人間と社会は本来どうあるべきかという理想を掲げた啓蒙主義に大きく触発されましたけれども、革命後の社会的大混乱と、産業革命による産業構造や社会構造やそれに伴う生活スタイルの激変の中で人々は必死に、それまでの権威や美意識に代わる、新たな確かさの根拠や拠り所を追い求めました。

ギリシャ・ローマなどの古典の確かさを新たな形で復興することに希望を見出そうとする人々、それとは反対に個々人の感覚や感性や美意識こそが重要なのだとする人々、人間的な感情の交歓である恋こそが人生最大のテーマだとする人々、異文化や論理を超えた神秘的な何かに救いを求める人々、果敢な批判こそが実態や本質をあぶり出すのだとする人々、さらには価値の貨幣化こそが矛盾の根源だとする人々など、ありとあらゆる主義主張や価値観が入り乱れて大論争を繰り広げました。

論理や思考の世界でも、芸術の世界でもそれは同じでした。新古典主義やロマン主義や印象派や実存主義、進化論や資本論やさまざまな哲学、新たな何かが次から次へと目まぐるしく出現する中で、多様な価値観や美意識がしのぎを削りあった十九世紀は、考えてみれば文化的には極めて面白い時代でした。

そんななかであなたはすでに評価の定まっていた古典文学の世界を独自の方法で視覚化すると同時に、同時代の作家の作品も積極的に手がけました。ヴィクトル・ユゴーやアレクサンドル・デュマやテオフィール・ゴーティエなど、同時代の親交のあった身近な作家たちに加えて、バルザックやシャトーブリアンなど、やや前の世代の作家たちの作品に対してもあなたは挿絵を描きました。

そこでは、表現対象の選択にあなた自身の主義主張が反映されているようには見えません。というより、後の評論家たちが行ったような区分けは、あなたにとって実はどうでもよかったのでしょう。

あなたにとって重要なのはおそらく文学としての魅力それ自体、つまり言葉で構築された作品の時空間のリアリティやクオリティであって、そこから評論家たちが自分自身の主義主張や立ち位置の表明のためにすくい取った意味性などではなかったように思われます。

突き詰めれば絵というものが言葉で説明できないように、文学に描かれた時空間を論理や意味や善悪で説明することには無理があります。なぜなら、そのようなことが可能ならば、絵も文学も音楽も敢えてつくられる必要がないからです。

近代という時代はその後、あらゆることを言葉や数字や理論で意味付けし、右や左、過去と未来、資本家と労働者、資本主義と社会主義、資本家と労働者、損益などによって物事を区分けしたり評価したりするようになっていきます。

しかし人間の想いや行動や美意識は、もともとさまざまな要素を抱え込んでいて、複雑な現実のなかで相反することがらの間を右往左往し、悩み、さまざまな要素を超えたところに誰のものでもない個有の希望を見出します。そのプロセスや心の揺れ動きや個有の確かさのようなものと向かい合うのが芸術の役割です。そこで重要なのは必ずしも意味や理屈ではすくい取りきれない感覚的なリアリティです。そのように考えるとき、たとえば優れた文学作品は、ジャンル分けや意味を超えた個有の確かさや豊かさを備えていて、それこそが作品の価値です。そしてあなたはその価値を感じ取ることに長けていました。だからこそ、さまざまな作品を素直に視覚化し得たのでしょう。

確かに『アタラとナッチィーズ』は、舞台は新大陸ですし、主人公はネイティブアメリカンですし、そこにキリスト教的な価値観や罪悪感が複雑に入り込んだ悲恋、つまりは個的な愛と死の物語です。そこには過去の美に可能性を見出そうとする新古典主義的とは異なるロマン主義的な要素に満ちています。しかし重要なのは、そのような区分けではなく、個々の言葉の確かさです。そしてそれを視覚化するときに重要なのは作品が醸し出す空気感に共鳴することです。例えばあなたの『アタラとナッチィーズ』にこんな作品があります。

 

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ここに描かれているのは、主人公たちを包み込む新大陸アメリカの圧倒的な大自然です。そのなかでは人間はいかにもちっぽけな存在でしかありません。生命力に満ちた大自然の中に人物を小さく配したこの絵は、この物語の主題に見事にシンクロしています。そしてまたあなたは次のような絵も描いています。

 

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ここには洞窟という閉じられた空間の中で、自ら命をたったアタラを抱くネイティヴアメリカンのシャクタスとそれを見守る神父の姿が描かれています。そこでは先の絵に見られるような圧倒的な自然は捨象されています。当然です。この場面のなかでシャクタスの心を支配しているのは、死んでしまったアタラへの想いと、その遺骸が自らの手にかかる重さだからです。

神父は遺体を埋める穴を掘るためのスコップを手にしていますけれども、そんなことの何もかもがシャクタスにとっては、遠く虚ろなことであったでしょう。大自然に比べれば、確かにそのなかで生きる人間は、ちっぽけな存在に過ぎないでしょう。しかしそれは全てを遠くから見た景色です。そこで生きる一人ひとりの個人にとって何よりも重要なのは、あくまでも身近な出来事です。そこで感じる哀しみであり喜びであり希望であり絶望です。

そこには西欧人、未開人の区別などありません。そしてそれこそが、十九世紀以降、世界的に大きな広がりを持つことになるロマン主義の先駆者と称されるシャトーブリアンが言葉で書き表したかったことでした。

ここで行なったような言語的な時空間の視覚的空間への変換を、あなたは『神曲地獄編』でも『ドン・キホーテ』でも『ペローの昔話』でも行なっています。
これらを見れば、どうやらあなたには、言葉によって描かれた時空間の本質とそのニュアンスをストレートに感じ取り、そこに独自の解釈を加えて絵に翻訳する類い稀な能力が備わっていたようです。

そして、対象を自分のスタイルにあてはめて描くのではなく、文学作品に寄り添うようにして、それと響き合うような絵を描くこと、それこそがあなたの個有性(オリジナリティ)でした。


-…つづく

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー

第1回:ドレが描いた最初の絵
第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道
第5回:幻想の共有
第6回:ドレの肖像写真
第7回:私がみた最初のドレの絵
第8回:美しい悪魔
第9回:ペローの昔話
第10回:風刺画
第11回:ドン・キホーテ



■更新予定日:隔週木曜日



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