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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/07/04

 

第14回: 神曲 煉獄篇、天国篇

 

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これはダンテの『神曲 煉獄篇 天国篇』のなかの、煉獄前地から、煉獄山を取り巻いている罪を償うための七つの環道が始まる高台まで、光の聖女ルチアの化身である大鵬が、眠るダンテを一気に連れて行く場面です。

 

煉獄山の麓では多くの罪を犯した人々が罪を犯した時間だけ煉獄前地で待たなければ、煉獄山での環道を巡る贖罪の旅をスタートすることができません。しかし聖母マリアや聖女ルチア、そして若くして亡くなって天国にいるダンテの想い姫ベアトリーチェの意を受け、冥界のすべてを巡ってそれを現世に伝えるというミッションを受けたダンテは、さまざまな難所を超えて冥界を一気に巡ります。

地獄では罪を犯した魂たちが、罪に応じた罰を受けていますが、煉獄で罪を償う魂たちは、贖罪を終えた暁には天国に行けるという希望を抱いて自ら進んで罰に耐えます。つまり光を求めて苦しみに耐えるわけです。

煉獄山を取り巻く環道では、「高慢」「嫉妬」「怒り」「怠惰」「虚栄」「飽食」「情欲」の罪に対する贖罪の苦行が行われているために、ダンテは環道に入る前に天使から剣で額に七つの、ダンテが見るべき七つの罪とその贖罪を表すPの文字を刻まれますが、七つの環道を進むに連れて一つひとつPの文字が消えていきます。

ちなみに地底の闇の中の地獄とは違って、煉獄と天国において最も重要なキーワードは光です。光に向かって上昇するあなたの絵はそのことを見事に表現しています。

 

あなたは1861年に『地獄篇』を発表していますが『煉獄篇 天国篇』を発表したのは1868年で、その間に七年もの時間があります。これは『ドン・キホーテ』をたった一年で制作した豊かで果敢な表現力と意欲を持つあなたにしては極めて異例なことです。

地獄では、罪人たちに課せられた罰の異様さや具体性に加えて、登場するキャラクターの個性も際立っていて、いかにもあなたの得意なドラマティックな視覚表現に適していることに比べれば、煉獄、とりわけ天国は、やや抽象的な論争などが多くて視覚化しづらいという面がありますが、それよりも、墨色一色で光の世界をどう描くかということを模索し工夫し構想を練り続けていたのではないかと私には思われます。

結果的にあなたは木口木版画の特徴を逆手にとって、実に美しい表現方法を見つけ出しました。木版画では彫り残した部分が黒い線や面となって版画に現れますので、基本的に墨の線によって絵を描きます。ところがあなたは煉獄篇や天国篇の多くの絵を、彫った部分、つまり刷っても色がつかない白い部分を巧みに利用することで、光に溢れた世界を上手く表現することに成功しました。


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煉獄の最期の環道である七番目の環道では、現世で快楽に身を委ねた人の魂が自ら炎に焼かれて罪を浄めています。そこで浄化を果たした魂たちは赦(ゆる)されて天国に向かいますが、その前に地上楽園で疲れを癒します。

第七の環道で、自らの身を炎に晒(さら)す魂たちの中で、ダンテは炎を避けて進みますが、炎をくぐらなければ先には行けません。そこでダンテは導師のヴィルギリウスの後につき、意を決して炎に向かって前に進みますが、その瞬間に気を失ってしまいます。すでに天国の良き魂たちに護られているとはいえ、生身の人間であるダンテは、煉獄山の高台に上昇した時がそうであったように、異なる次元の世界に移動するときには決まって気を失います。そうして通常の人間の意識がない状態、つまり半分死んだ状態となって大きく隔たった時空間を移動するというわけです。

そうして目が覚めたときにはダンテは、煉獄ではなくすでに光あふれた美しい地上楽園にいることに気付きますが、この絵はその地上楽園を描いた絵です。

 

また天国篇の最後の場面、光り輝く善き魂たちと天使たちが集う至高天を、ベアトリーチェと共に見つめる場面をあなたはこのように描きました。神の姿を描いたあなたは、こうして天国をも描いたのでした。私が知る限り、天国をこのような光の国として描いた画家は、ほかにはいません。


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-…つづく

 

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー

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第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道
第5回:幻想の共有
第6回:ドレの肖像写真
第7回:私がみた最初のドレの絵
第8回:美しい悪魔
第9回:ペローの昔話
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