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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/11/07

 

第23回: スペイン


相変わらず仕事が山積し、上流階級とのお付き合いがますます増えていたにも関わらず、『ドン・キホーテ』に膨大なネルギーを投入したことでも明らかなようにスペインが大好きだったあなたは、『ロンドン巡礼』を発表した翌年の1873年に、スペイン通のダヴィジェール男爵とスペインを探訪しています。男爵とはそれ以前にも何度も一緒にスペインを旅していますが、今回の旅にはスペインに関する総合的な本を創るという明確な目的がありました。

ダヴィジェール男爵によれば、それはあなたのかつてからの念願でもありましたから、訪れた場所も極めて多く、ピレネー、カタルニア、サラゴサ、バルセロナ、バレンシア、マドリッド、ムルシア、グラナダ、ハエン、マラガ、ジブラルタル、アルヘシラス、セビージャ、コルドバ、エストレマドゥーラ、トレド、アビラ、オビエド、ブルゴス、グアダラハラ、バスク、バレアレス諸島などなど、あなたが訪れた主な場所をあげただけでも、この旅がスペイン全土を巡る大旅行だったことがわかります。もちろん闘牛やフラメンコなどもしばしば観ていて、要するにあなたはスペインを知り尽くそう、あるいはスペインを描き尽くそうとしたのでしょう。

それまで主に文学的時空間を視覚化してきたあなたは、『ロンドン巡礼』であなたの目がとらえたロンドンの現実の姿を描き表すことによって、近代の産業化金融資本主義社会の光と影を世界に先駆けて体験した大都市の実態と本質と課題を浮き彫りにすることに成功しました。これはそれまであなたが行ってきたのとは正反対の方法です。

その手応えが、つまり視覚によって対象の本質を、言葉の意味によってではなく物語ることができることを知ったあなたは、今度はあなたが大好きなスペインという国、というより不思議な魅力に満ちた場所の秘密を絵によって物語ろうとしたのでしょう。これは後のいわゆる社会主義レアリズムのように思想的な意味性を絵で表そうとする方法とはまったく異なる、成熟した視覚ドキュメンタリーとでもいうべき方法です。

視覚的な表現と言語的な表現は、音楽的な表現や身体的な表現や数理的な表現などとともに、人間が編み出した極めて豊かな表現方法ですが、それぞれにその表現方法ならではの異なる時空間のリアリティがあります。人や街を見つめて風刺画を描き、古典文学を視覚化し、油絵を描くことを仕事とし、ヴァイオリンの名手でオペラが好きでアクロバットもプロ並みだったあなたは、さまざまな表現とそれがもたらすリアリティや面白みや違いを熟知していました。

 

そして『ロンドン巡礼』で、絵の集合体によって近代都市の黎明期のロンドンを丸ごと体感させることができることを知ったにあなたにとって、その表現方法の延長線上にあるものとして、スペインが魅力的な表現対象として映ったのでしょう。スペインはヨーロッパのどこの国にも増して視覚的なリアリティに満ちているからです。

私も長く住んだことがあるスペインは不思議な場所です。ピレネー山脈を境にヨーロッパと接していて、しかも地中海と大西洋に面しアフリカ大陸と向かい合ってもいますから、もちろんヨーロッパ的な要素もありますけれども、むしろそうではない要素、ほかのヨーロッパ諸国にはない要素が盛りだくさんです。

人類史最初の絵画の一つであるアルタミラの洞窟絵画のあるイベリア半島には、太古の昔から人が居住し、その豊かな大地には幾多の文明や文化が折り重なっています。ケルトやゴートやギリシャやローマやフェニキアやカルタゴはもちろん、大航海時代に新大陸を発見してまったく異質な要素さえも取り込んで世界を制覇したスペインはまた、数百年もの間キリスト教文化とイスラム教文化とがせめぎ合い、それぞれの要素が混在し影響し合ってきた場所です。

とりわけイベリア半島に花開いた独自の、他のイスラム文化圏とも異なる優雅さを持つアル・アンダルース文化の影響が、スペインを他のヨーロッパ諸国とは異なるものにしています。そしてスペインの街のいたるところに、そして人々の表情やしぐさのなかに、多様な文化の痕跡が刻み込まれて活きています。それがスペインの強烈なまでの魅力です。例えばあなたの『スペイン』にこんな絵があります。


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これはバレンシアの労働者を描いた絵ですが、これが木版画だということが一つの大きな驚きです。それはともかくバレンシアは地中海に面した、一般的にはパエリアとオレンジで有名な街で、十三世紀にはカタルニアとアラゴンの連合国がイスラム教圏にあったバレンシアのムスリムたちと熾烈な戦いを繰り広げるなど、スペイン北東部にあってはイスラム文化の影響が色濃く残っている街です。このいかにもスペイン的な屈強な体と強い顔立ちの労働者たちは、どちらも大きめのハンカチのような布をターバンのように頭に巻いていて、耳にはイヤリングをしています。

眼光は鋭く、一文字に閉じられた口元や顎に強い意志が宿っています。百聞は一見に如かずとはこのことです。これがスペインの労働者です。貧しい身なりをしていますが、だからどうしたと言わんばかりの顔つきです。後ろ手に隠し持つ棒はもちろん、何かあれば闘うためでしょう。漂う気迫のようなものには共通性がありますけれども、二人の顔つきは異なっていて、二人の素性の違いが表れています。幾多の文化が折り重なってきたスペインでは、その多様さと同じだけ人種もまた混ざり合っています。

スペインを表す言葉に、「スペインとは、そういう国があるのではなく、数千万のスペイン人のことをまとめて便宜的にそう呼んでいるに過ぎない」というのがありますけれども、実際スペインでは個人主義などという範疇をはるかに超えて個々人の存在が際立っています。スペイン人たちが拠って立つのは常に自分自身です。にも関わらずスペインにはあらゆることにおいてスペイン的としか言いようがない不思議な気配やバイブレーションやオーラ、あるいは誰もが感じる、スペインが発するパルスのようなものがあります。

スペイン人のなかにはいい加減さや正直さや見栄や自尊心などが矛盾なく同居していて、特に民衆は自分の自由や領分を他者から侵されるようなことに対しては我慢しません。ゴヤの時代にナポレオンが侵略してきたときに、フランスの正規軍を相手に戦い彼らを追い返したのは民衆です。たとえボロは着ていても存在のカッコ良さがときに王侯貴族を凌駕して見えるのは、もしかしたらスペインくらいかもしれません。スペインでは文化は、街や大地や民衆と共にあるのです。

彼らの足が踏みしめているスペインの大地の文化的風土のようなものが、この絵には見事に描かれています。このような透徹した観察力と精緻な描写力があなたの真骨頂であり、それを存分に発揮することこそが『スペイン』という仕事の意図でもあったでしょう。すなわち絵の集合体によってスペインを、意味を超えて語り尽くせないかということです。


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この絵は農民を描いたものです。空のカゴの中に子どもを入れて、おそらくこれから農作業に出かけるところなのでしょう。スペインならどこにでもあるナツメヤシの木が見えます。スペインの農園というのはほとんど貴族が所有していましたから、農民の多くは、そこで畑や果樹園の世話をして暮らす小作人です。


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この絵は、これまたスペインではどこでも目にするヒタノ(ジプシー)の家族です。ヒタノはスペイン全土に、とりわけアンダルシアには多くのヒタノたちが暮らしています。ヒタノは一般的には今も昔も被差別階級ですし、彼らを蔑む人も多くいて、実際に貧しい暮らしをする人がほとんどですけれども、しかし彼らにはそんなことなど意に介さない生命力の強さがあって、決して自分たちを惨めな存在だとは思っていません。

しかも歌と踊りとギターとが一体になって演じられる、スペインが世界に誇るフラメンコは基本的に彼らのもので、今日でも大勢の世界的スターを輩出していますから、貧しいだけの存在ではありません。

絵には、何の用なんだよ、とでもいいたそうな目つきであなたを見つめる女の子の手前にタンバリンが描かれています。老女の肘のあたりにはトランプがあり、髪をとかしている、あるいはシラミを取っている若い女性は髪飾りをつけていて、絵の中にヒタノならではの小道具が勢ぞろいしています。ジプシー占いという言葉がありますけれども、確かに彼らは迷信深く、その日暮らしのような生活をしていますから、一寸先のことや運命が気になるのかもしれませんし、ただ暇つぶしが好きだというだけのことかもしれません。

そして暇つぶしということでいうなら、歌や踊りが一番です。たとえ貧しくても衣食住をそれなりに確保することができたなら、もしかしたらそれ以外の時間に関しては、いっそ人間にとって最も楽しいことである歌や踊りに費やすのが最も賢い生き方だと、言えないこともないかもしれません。


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この絵は、グラナダのアランブラ宮殿の対面にあるサクラモンテの丘の洞窟に住むヒタノの家族を描いたものですが、とにかく彼らは老いも若きも歌って踊ることが大好きです。子供の頃からこうして歌い踊って暮らすのですから、複雑なフラメンコのリズムだっていつのまにか体で覚えてしまいます。ギターだって上手くなるでしょうし、歌だって息をするのと同じように歌えるようになるでしょう。少年や老婆の手足、そして身振りや顔つきはまさしくフラメンコです。感服するしかないあなたの観察力と描写力です。

暇つぶしと言ってしまっては顰蹙( ひんしゅく)をかうかもしれませんが、人間にとってはもう一つ、恋という、時間も何もかも忘れるほどについ夢中になってしまうことがあります。フラメンコの歌も、そのほとんどは恋や失恋や、それをめぐる恨みつらみや喜びや悲しみを歌ったものです。

ただ恋の炎は、何かの拍子にたまたま発火するものなので、互いが一瞬にして一目惚れということが稀にあったとしても、普通は行き違いや片思いや横恋慕や思い込みや心変わりや一人の女性の取り合いなど、いろんなトラブルがつきものです。
そこであなたが描いたこんな場面が、しばしば起こるということにもなります。


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この絵では二人の男が刀のような大きなナイフを手に睨み合っています。立会人らしき人もいますし、女性が一人頭を抱えていますから、これは要するにその娘を巡っての決闘なのでしょう。恋というのは本来は情の通い合いで、その娘がどちらの男を好きかということが重要なはずですから、決闘で片をつけるというのは考えてみれば変な話です。

どちらかの男が彼女に手を出したということなのかもしれませんし、もしかしたら単に通りすがりに彼女に色目を流したというだけかもしれません。冷静になって考えれば互いに命を賭けるまでのことではないのかもしれませんが、ただそういうことの一切が見えなくなってしまうのが恋。理由が恋であれ些細なことで言い争いが昂じたからであれ、スペインでは今でもこうした物騒な場面を目にすることがたまにあります。

スペイン人は一般に自尊心が極めて高く、ましてやヒタノの男たちは、その場その場の一瞬に命を懸ける、というか、どうでもいいことで後先の見境をなくしてしまうという、なんだか一触即発的なところがありますので、笑顔の語らいが急に決闘に変わってしまうようなことだって、いつ起きても不思議ではないのがスペインです。そうでなければドン・キホーテの物語だって生まれようがなかったかもしれません。

 

そういうちょっと奇妙なスペイン人たちですが、時には力を合わせてとんでもないことを実現してしまうことだってあります。次の絵は、グラナダのアランブラ宮殿の『ライオンのパティオ』を描いたものです。


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この建築は現実離れした比類なき美しさに溢れています。あなたも感嘆したのでしょう。珍しく写生をするかのように宮殿のなかを描いています。グラナダやアンダルシアが、イスラム教を信じるムスリムたちの統治下にあった時に創られた建築と庭園ですが、噴水の水の音が心地よく、木々の緑や花々が目を癒し、爽やかな風が流れる宮殿は、まさしく彼らが夢見る天国が地上に降りてきたかのようです。

華麗でありながらきわめて自然に存在するこの建築空間のすべてが、一つひとつ人の手によって組み上げられたものだということが一つの奇跡に想えます。さらにそれを成したのがムスリムであれなんであれ、あらゆるものが混ざり合ってできたあの無秩序(アナーキー)なスペイン人だという事実が、もう一つの奇跡です。

しかしスペインの職人たちは、一般に思われているよりはるかに勤勉で、興に乗れば献身的に仕事に打ち込みます。そこには、明日のことは明日にという刹那的なところがある反面、だからこそ目の前の一瞬に命を燃やすという彼らの性根のようなものと、どこかで通じ合っているのかもしれないと感じさせる何かがあります。そうでなければ、このような建築ができるはずがありません。ガウディの建築だって存在するはずがありません。もしかしたらこれを創った人たちの目には、一瞬と永遠とが同じものとして映っていたのかもしれません。ヴィジョンと現実とを分けないこと、その境がないように見えることもまたスペインの不思議な特徴の一つです。

 

あと2点、あなたの『スペイン』の絵を見てみます。一つは牧夫とその眠る息子を描いた絵、もう一つは、缶に入れた牛乳か何かを運ぶ途中の道端で休んでいる若い娘の姿を描いた絵です。


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スペインで長く暮らした私にとって、このような絵から浮かんでくる言葉は無数にあります。しかしこれらの絵には、言葉で語り得る以上の、絵によってでしか語り得ない何かがあります。、そして実にスペイン的です。あなたの『スペイン』はそんな絵に満ちています。見事です。

 

-…つづく

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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第1回:ドレが描いた最初の絵
第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道
第5回:幻想の共有
第6回:ドレの肖像写真
第7回:私がみた最初のドレの絵
第8回:美しい悪魔
第9回:ペローの昔話
第10回:風刺画
第11回:ドン・キホーテ
第12回:ロマン主義
第13回:クロックミテーヌ伝説
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第15回:ドレ的な表現 1 ライティング
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第18回:ドレ的な表現 4 墨色の効果
第19回:ドレ的な表現 5 ペン画のような版画表現
第20回:ドレ的な表現 6 ハーフトーン
第21回:ドレ的な表現 7 大空間
第22回:ロンドン

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