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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/09/12

 

第19回: ドレ的な表現 5 ペン画のような版画表現


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この絵はあなたの『ドン・キホーテ』のなかの、立ち並ぶ風車を見た『憂い顔の騎士』ことドン・キホーテが、それを悪の権化の巨人と思い込んで突撃し、瞬く間にこっぴどく打ち負かされてしまう有名な場面を描いたものです。ここではあなたはピサンの手をかりて、まるでペン画のような絵を実現しています。

木口木版画は、刷った版画の中に線として表れる部分を残して版木を彫るわけですから、このように繊細で動きのある複雑な線だけを残して彫るというのはまさしく名人芸です。しかし素描が得意だったあなたは、その持ち味を何とか版画においても実現したかったのでしょう。

『ドン・キホーテ』ではあなたは大小あわせて、何と397点もの絵を描いていて、そのなかの多くを、とりわけ中版や小版の版画ではほとんどこのようなペン画タッチで描いています。そのすべてをピサンが彫り上げましたからトーンが揃っていて、この挿絵本を見るものは、何だか素描を納めた画集を見ているような気持ちになります。

もちろん素描というのは一点ものですから、私たちは自分が手にしているのは自分のために描かれた画集であるかのような錯覚にとらわれます。その親近感あるいは贅沢感こそ、あなたが意図した効果でもあったでしょう。

 

友人たちからも絶賛された『ドン・キホーテ』の成功に気を良くしたあなたはすぐに333点の版画を載せた『ラ・フォンテーヌの寓話』を発表し、ここでも多くの魅力的な線画を展開しています。

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この絵は『牧童になったオオカミ』の絵で、ヒツジを一頭ずつ獲るのは面倒なので、まとめて手に入れる方法はないかと考えたオオカミが、牧童になりすましてヒツジの群れを誘導し一網打尽にしようとしているオオカミの名演技をユーモラスに描いた絵です。

小道具をいっぱいつけたオオカミと、疑うことを知らない仔ヒツジなどが生きいきとユーモラスに描かれています。向こうの方には昼寝をしているヒツジ飼いの姿も見えます。オオカミの足には合わなかったのか脱ぎ捨てられた木靴や、オオカミの口では吹くのがさぞかし難しかろうと思われる笛などの小道具はどうやら身に付けるのを諦めたようですが、人間の真似をして二本足で歩くには不可欠な棒切れはしっかり持っていますし、その先や帽子には花飾りが施されていて、なかなか芸が細かいオオカミですが、もちろん芸が細かいのは話にはないのにそれを描き込んだあなたです。

こういう遊びの入念さを見ていると、あなたは人を楽しませたり驚かせたりするのがきっと大好きだったのでしょう。ものすごい量の仕事をこなしながらも、あなたのアトリエにはいつも友人たちがたむろしていて、そんな人たちを退屈させないようにヴァイオリンを弾いたり曲芸をしたりなどしていた人好きの良いあなたの気質が、こんな所にも表れているように感じます。

『ラ・フォンテーヌの寓話』であなたが描いた絵をもう少し見てみます。


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これは『釣り人と小魚』というお話に対する絵です。とても繊細な表現で、釣りをする老人の表情などに版画とは思えない趣があります。

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これも『ラ・フォンテーヌの寓話』のなかの極めて繊細な絵です。森の中で卵を見つけたネズミが、力を合わせて卵を運んでいるところです。動物にだって知恵があり、いざとなればいろんな工夫をします。動物より人間の方が賢いと思ったら大間違いです。向こうの方で動物たちのなかでも賢いことで知られるキツネが、あっけにとられたように二匹のネズミの協働作戦を見ています。

 

『ラ・フォンテーヌの寓話』にはこのように生きいきとした線画の描写が多いのですが、なかには同じ線描でも、細い線とより太く力強い線とを組み合わせて描いた絵もあります。


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これは自分が飼っていたニワトリが毎日金の卵を産むようになり、最初は喜んでいたのですが、そのうち欲が出て、一度にたくさんの金の卵を手に入れようと鶏の腹を割いたところ、金の卵は一個もなかったというお話に対する絵です。力強い線や男の暗い顔や濃い影などが、実に巧みに描かれています。

あなたは版画の特徴を踏まえながら、こうしたさまざまな表現を、少しづつニュアンスを変えたり、いろんな技法をミックスしたりして、テーマや対象に合わせて多彩に行いました。こうした表現は仕事を続ける中であなたが彫り師たちと共に発見していったのでしょう。ただ、そのような技法をいつの時点で身につけたのかということを考えると、どうもあなたの場合、『さすらいのユダヤ人』で自らの才能と器量と可能性をプロモーションし、古典文学叢書を『神曲 地獄篇』を皮切りにスタートさせた時、版画によって何がどこまで表現できるかということを、すでにかなり見極めていたのではないかと思われます。たとえば『神曲 地獄篇』の中にこんな絵があります。


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ここであなたはすでに、『ドン・キホーテ』や『ラ・フォンテーヌの寓話』で全面的に展開することになるペン画的な表現をすでに用いています。おそらくあなたは『さすらいのユダヤ人』を発表した時点で、そして『神曲 地獄篇』を構想する中で、ある程度の手応えを得たからこそ、あらゆる古典文学を視覚化するなどという前人未到の仕事に取り掛かったということなのでしょう。もしかしたらあなたは、大胆さと同じ程度の周到さや計画性を持ち合わせていたのかもしれません。

-…つづく

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー

第1回:ドレが描いた最初の絵
第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道
第5回:幻想の共有
第6回:ドレの肖像写真
第7回:私がみた最初のドレの絵
第8回:美しい悪魔
第9回:ペローの昔話
第10回:風刺画
第11回:ドン・キホーテ
第12回:ロマン主義
第13回:クロックミテーヌ伝説
第14回:神曲 煉獄篇、天国篇
第15回:ドレ的な表現 1 ライティング
第16回:ドレ的な表現 2 群 像
第17回:ドレ的な表現 3 近景と遠景

■更新予定日:隔週木曜日



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