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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第602回:メキシコからの越境通学

更新日2019/03/28



自分の子供に良い教育を与えようという親心は世の東西を問わず同じです。日本でも教育ママが我が子可愛さか、自分だけ良ければいいというエゴからか、決められた学区を無視して進学率の良い中学、高校に入れることが結構あると聞いています。 

教育熱心な日本人、ユダヤ人だけなく、メキシコ人にとっても我が子をどこの学校にやるかは切実な問題です。以前(第598回:トランプ大統領の年頭教書)、アメリカで生まれた赤ちゃんは自動的にアメリカの市民権、国籍を持つことができると書きましたが、そのように二重国籍を持つ子供たちで、親はメキシコ国籍しか持っていない家族が国境近くの町に住み、子供をアメリカの学校に通わせています。この場合、子供たちは学区どころか、国境を越えて毎日通学していることになります。

メキシコのパロマス(Palomas)という国境の町から、アメリカ、ニューメキシコ州のデミング(Deming)という町の学校に通っている生徒さんが、小中高校合わせて850人もいます。国境のゲートには一応それらしい検問の小屋があり、国境警備隊と税関のお役人が詰めています。メキシコ人の子供たちも一応ですが、アメリカのパスポートを持ち歩くことを義務付けていますが、アメリカ側で待っている黄色いスクールバスに続々と乗り込むのを、アメリカのお役人は、むしろニコヤカに見送っています。イチイチパスポートをチェックしたりスタンプを押したりしません。朝晩、週5回(アメリカの学校は土曜日も休みです)繰り返されることなので、 子供たちも国境のお役人もすっかり慣れ切っているのでしょうね。

アメリカの義務教育は高校まです。学校を維持している財源は各カウンティー(郡)の予算で、その住民が払う固定資産税、消費税、それに州からの援助金です。これらの小中高校はニューメキシコ州のルナ郡(Luna County;お月さんの意)にあり、そこの住人が払っている税金が主にそれらの学校を維持しています。

ですから当然、納税者たる主に白人のアメリカ人(ルナ郡の69.66%は白人です)から、どうして私たちの払っている税金で、いくらアメリカの市民権を持っているにしろメキシコから越境してくる子供たちを教育しなければならないの…と思っている住人がいるのは当然のことです。

メキシコの子供たちの通学を許しているアメリカ側の町、デミングの市長、べニー・ジャッソ(Benny Jasso)さんは、はっきりと通学を許すことを公約として打ち出して、当選しています。ですから、大多数の住民もメキシコからの越境通学に賛成しているとみてよいでしょう。市長さんは、「メキシコの子供たちに教育のチャンスを与え、何時の日か、彼らがアメリカ社会に貢献できるようにするべきだ」 と、今後もこのような越境通学を許す方針を打ち出しています。

メキシコでの義務教育は中学校、15歳までで、アメリカのように高校は義務教育でありません。そこで、アメリカ側の中学校を卒業し、高校に進むメキシコ人が増え、そのまま大学へと進学するケースがたくさん出てきました。大学卒業後、彼らがアメリカ国内で働けば、当然、彼らはアメリカに税金を払い、納税者として市民の役割を果たしていくことになります。

アメリカで得た学位を生かしてメキシコで働くなら、きっと国際的な目を持った社会人としてメキシコをよりよい形に作っていくことでしょう。長い目で見れば、これこそ良いことずくめだと、いつも教育の大切さの方に目の行く私は思うのです。

ただ、アメリカの市民権を持つメキシコの子供たちの親の大半は、アメリカの市民権どころか、パスポート、ビサも持っていない人が多いので、PTA、父兄会や我が子の卒業式に国境を越えて出席できません。そこで、アメリカ側の先生が、日本でのように家庭訪問(これ、アメリカでは全く行われていません)の形で、メキシコに行き、子供たちの親に会うようにして、対応しています。

これに対し、トランプ大統領は越境通学だけでなく、アメリカ国内で生まれた赤ちゃんはすべてアメリカ人だ、という憲法で保障された権利を覆そうとしています。その上、一旦与えた市民権さえ取り上げようとまでしているのです。

このように、国のトップが“セグリゲーション意識”(人種ごとに地域を分ける差別)をはっきりと口に出すようになってから(彼の場合はTwitterですが)、このデミングの町の学校内で子供たちが敏感に反応し、白人対メキシコ人の喧嘩が多くなったそうです。それ以前ほとんどそのようなことはなかったと言います。

アメリカの義務教育システムが他の国々に比べ特別優れているわけではありませんが、少なくとも誰にでも均等に教育を受けるチャンスを与えるという一点で、メキシコより恵まれているのかもしれません。メキシコのエリート大学は相当レベルが高いのですが、子供の時から、それなりの学校に通わせることができる、イワバお金持ちだけが集まる傾向が強いのです。

ニューメキシコ州、デミング教育委員長のアルセニオ・ロメロ(Arsenio Romero)さんは、「我々は今後も継続してメキシコの子供たちを受け入れるつもりだ。と言うのは、彼らは私たちのコミュニティーの一員だし、彼らは私たちの子供だからだ」と言っているのが何ともさわやかです。

このような越境通学が、メキシコとの国境にあるトランプの壁に穴を開け、風通しが良くなっていくことを期待しています。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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