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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
第156回:母乳と哺乳瓶
更新日2010/04/22


母乳で育った赤ちゃんは、子供に肥満が少なく、病気にもなりにくく、健康であることは昔から指摘されていました。計算された栄養をふんだんに含んでいるはずの人工乳より母乳の方がはるかに赤ちゃんに良いことは証明済みで、今さら議論の余地がありません。

私たち兄弟も全員、お母さんの母乳で育ちました。そのおかげでしょうか、全員大病もせず、それぞれ初老、中老、大老になった今まで元気に暮らしています。現代の科学でも同じものを作ることができないほど母乳は貴重で大切なものです。

現代、特にアメリカでは"忙しいことはいいことだ"、という風潮が皆の心理を犯し、せめて離乳するまでは赤ちゃんと一緒に家で過ごす主婦が少なくなってきています。経済的な理由から、産後何日も経たないうちに、母親が外へ働きにでるのです。

そんな忙しい母親、母乳で育てたいけれど、どうにも赤ちゃんにお乳をあげる時間を取ることができない忙しい母親のために、母乳電動吸引ポンプが開発されました。ポンプで母乳を吸い、溜め、冷凍保存し、時間がきたら解氷し、それを哺乳瓶に入れて、赤ちゃんに与える母親が年々多くなってきたのです。

母乳吸引ポンプのメーカーも数社あり、お値段も300ドル内外とお手ごろです。ポンプ常用者のための改良型のブラジャーも売り出されています。冷凍保存のための目盛りの付いた食品安全基準を通ったビニールの袋も売り出されています。時間になると冷凍保存した自分の母乳を電子レンジでチンし、哺乳瓶で赤ちゃんにあげるというのです。赤ちゃんのお腹のすき具合によらず、時間でポンプアウトするとかなり余分に、たくさん母乳は出るもののようです。

なんだか、私の育った田舎の牛みたいです。おじいさん、お父さんは朝早く起きて朝食前に、牛の乳を搾り、大きな缶を組合の牛乳回収車のために、道路に出しておかなくてはなりませんでした。もちろん手で絞っていました。私が田舎を離れる少し前に真空バキューム式の乳搾り器が登場していましたから、牛から人間用に転用されるのに50年もかかったことになります。技術的な問題ではなく、この50年の間に私たちの生活、育児ありかた、女性が仕事に就くのが当たり前になったことなど、社会的要素が大きかったのでしょう。

母乳が人工乳よりはるかに赤ちゃんの体に良いことは確かですが、何か肝心なことを忘れているような気がするのです。赤ちゃんがおっぱいを吸うのは、もちろん栄養を取るためですが、それと同時にお母さんの肌に触れ、唇でお母さんの乳首を感じているはずです。お母さんも無心でおっぱいを吸うわが子を抱きながら、何かを感じ取っているはずです。マー、面倒で、時間がかかり、時々痛いこともありますが、ゴムの吸い口の付いたビンでミルクを与えるのとは心理的なつながりに大きな差が出ることは、児童心理学者でなくても想像がつくでしょう。単にペットにエサを与えているのではないのです。

そういえば、人前で、ごく内輪の家族や仲の良い友達の間でも、赤ちゃんにおっぱいを上げている光景を目にしなくなりました。授乳は自然で美しい光景なんですが、なにか忌み嫌うこと、公衆の面前でしてはならないことのように思われているようなのです。

ふた昔前、ヨーロッパに住んでいたときには、お母さんが大きなおっぱいをを出してわが子に与えている光景を何度となく見たものですが、アメリカでは全く目にしたことがありません。ゆがんだ社会的制約と偏見が強く、おっぱい=プレイボーイ誌のモデルさんのようにセックスのシンボルととられ、授乳器官としてもおっぱいは無視されているのです。

フロイド的母性心理学、児童心理学とまで大上段に構えませんが、同じおっぱいをあげるにも、人の目を隠れて、まるで恥ずかしいこと、悪いことをしているように授乳するのと、堂々とおおらかに授乳するのとでは、赤ちゃんにも母親にも心理的影響がでてくるのではないかしら。

若いお母さんたち、授乳は美しい自然の行為です。何も恥ずかしい行為ではありません。電動ポンプなどを使わずに、ノビノビとおっぱいを吸わせ、丈夫な子供を育ててください。

なんだか、今回は『のらり』向きではなく、『主婦の友』『婦人公論』向きになってしまいました。

 

 

第157回:山の春とスカンク

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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