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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第654回:アウトドア・スポーツの安全と責任

更新日2020/04/23


ニセコが火付け役になり、北海道だけでなく、本州のスキー場にも外国人の占める割合が多くなってきました。私の周りにも、妹と彼女の旦那さんや友人など、わざわざ日本までスキーに出かける人は珍い存在でなくなりました。アメリカからの“日本スキーツアー”が数多く出ているくらいです。北海道のパウダースノーはヨーロッパ・アルプスでも見られない雪質なのだそうです。

すると、当然のことですが、外国人の事故、遭難も多くなってきます。2010年から2020年の2月13日までの集計では、303件のスキー、スノーボードの遭難事故が起こっており、そのうち80%はバックカントリーと呼ばれるスキー場外で起こっています。北海道新聞によれば、そのうち約50%の149件が外国人で、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、ヨーロッパ諸国からのスキーヤーだとしています。

バックカントリースキーと言うのは、一昔前、否半世紀以上前でしょうか、ウチのダンナさんの時代には山スキーと呼ばれていて、スキーリフトのあるゲレンデスキーとは一線を画する全く別モノでした。山スキーの愛好者がリフトに乗ってゲレンデを滑ることは、ママあるでしょうけど、普通のゲレンデスキーヤーが山スキーをすることは、まずあり得ないことで、山スキー、バックカントリースキーはどちらかといえば冬山登山に近いものでした。

それだけに、スキーも靴も装備もゲレンデスキー用のモノとは違い、山の麓からエッチラ オッチラ、シール(アザラシの皮)をつけたスキーかカンジキ(スノーシュー)で雪を漕ぐように登り、日帰りのつもりでも、2日分くらいの食料、シャベル、グランドシート、コンロ、ロウソクなどを持たされたもんだ…と、元山男のダンナさんが言っています。

2月20日に新得町のサホロスキーリゾートから出発した二人のスロバキア人が遭難しました。この二人はサホロスキーリゾートのスキーインストラクター(教師)でしたから、スキーの技術は当然相当抜きん出ていただろうし、サホロリゾート界隈の十勝連山のことも十分以上に知っていたはずです。それでも冬山の事故は起こるのです。

遭難が増えている原因の一つは、バックカントリースキーヤーの数が猛烈に増えているからでしょう。と言うのは、ゲレンデスキーと山スキーの境界がなくなり、誰でも山スキー、バックカントリースキーを楽しめるようになってきたからです。昔なら(こんな言い方をすると、なんだか偉く年寄りじみて聞こえるのは承知の上ですが…)山の麓から登っていたのが、リフトやロープウエイを乗り継ぎ、山の相当上まで行き、そこを出発点として登ることができるようになり、従って装備も少なく、軽装で済むようになりました。

ゲレンデスキーから簡単にバックカントリースキーに移行できるようになったのです。これは当然の流れで、一度冬山で、誰も滑った跡のない新雪を滑ると、それに魅了されのめり込んでしまいます。それほど、冬山の魅力は大きいのです。

コロラド州だけでも、今シーズンすでに20件近くのバックカントリースキー遭難事故が起こっています。20代の若者もいますが、我々同様のご老体が多いことに驚かされます。そして、いずれもが私のレベルから判断すると山スキーの超ベテランなのです。約半数は雪崩に巻き込まれての事故です。ロッキー山系は4,400~4,500Mの峰が連なっており、森林限界はおよそ3,200~3,300Mで、そこから上は木の育たない禿山、岩山です。

雪を被るとどこでも自由に滑れるし、山を占有した気分になります。そんなところは、当然、雪崩の危険も高くなります。私たちが今年の冬2ヵ月を過ごしたモナークというスキー場でも、人工的に雪崩を誘発する大砲の音が響き渡っていました。一度だけ、谷を挟んだ岩山で誘発された雪崩を見ました。離れて見る分には、なかなか壮観なショーでしたが、雪だけでなく岩も石ころも、下に行くと木をなぎ倒していきますから、“あれに巻き込まれたら、どうあがいても助かる見込みなんかないなぁ…”と思わせました。

バックカントリースキーの遭難の救助、捜索には莫大なお金が掛かりますから、非難は“スキー場のゲレンデ、スロープ、許可されたコースの外で滑るのはけしからん、そんな事故の責任は誰が取るのだ”ということに尽きると思います。でも、自然相手のスポーツで責任論を展開するほど無責任なことはありません。責任、原因はすべて“天”自然現象と、本人にあるのですから…。英語で“Act go God”(天のなせる業)と呼んでいます。

1979年のファーストネット・ヨットレース(ワイト島のカウズを出発し、アイルランドのファーストネット島を回り、プリマスにフィニッシュする外洋レース)に303隻のヨットが参加し、そのうち75隻が一回転、もしくは逆さまになり、どうにか完走したのは85隻、15名が死亡もしくは行方不明、救助された人は136名という大惨事が起きました。

英国ローヤル海軍の救助艇、ヘリコプター、オランダ海軍、フランスのトローラー漁船までがまさに総出で救助に当たりました。もちろん、その時のマスコミでも、ヨット乗りのシーマンシップ、経験不足、組織委員会の手落ちなどを非難する声が上がりました。しかし、ファーストネットレース自体を止めてしまえという声は聞こえませんでした。

このヨットレース史上最悪の遭難は、多くのレポート、各ヨットの建造、装備、ヨット乗りの経験の詳細な報告が公にされ、安全装備が一挙に改善され、それが一つの基準になったほどで、大惨事をプラスに作用させたのです。

バックカントリースキーをするな、冬山に入るなとは誰も言えないスジのものです。法規で規制するほど安易で愚かなことはありません。

冬山に遭難は付きものだと考えるのが健全でしょう。元々自然相手のスポーツに絶対的な安全などは有り得ないのです。そして、バックカントリーで冬山に入り込む人も、“自由には常に自己責任が伴うものだ”とはっきり認識し、その上で、雪山の深雪を存分に楽しんでもらうよりほかないのでしょうね。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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