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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第518回:拍手と歓声、そして感動の余韻

更新日2017/06/29



ここ十数年憑りつかれたようにドイツ、ライプチッヒで開かれるバッハの音楽祭に行っています。教会音楽はやはり残響の長い、高い天井の教会で聴かなくては…と一年間、生活をセーブして10日間の音楽祭に出掛けているのです。

ウチのダンナさんによれば、大昔、彼のことですから50年くらい前のことになるのでしょうけど、教会では拍手をしないのが習慣のようでした。今ではミサの後、オルガンや器楽合奏、合唱にでも盛大な拍手をするのが当たり前になってきたようです。

コンサートなどで、まだ観衆が感激、音楽の余韻に浸っている時、指揮者が棒を降ろす前に、我先に「ブラボー!」と叫び、拍手をし出す人が増える傾向があるようです。あれはせっかくの感動を壊してしまう、煩わしい行為です。

これも大昔のことになりますが、スペインのアンダルシアの村でひと夏過ごしたことがあります。海に面した小さな村の教会の白壁をスクリーンにして毎晩、野外映画を上映していました。出し物はこれまた至って古いモノクロの映画でターザンとか西部劇、ラブロマンスでしたが、何よりも私たちを楽しませてくれたのは、観客や村の人たちの反応でした。

ターザンの背後からライオンや猛獣が迫ってくると、皆が皆、大声で、「注意しろ、後ろに猛獣がいるぞ!」とスクリーンのターザンに注意を促すのです。そして、ターザンが悪者の動物狩りハンターをやつける段になると、ヤンヤの歓声が教会の壁に反響します。そして、大拍手で映画を観終えるのです。

私が働いている大学町にも郊外にムルチシネ(シネマコンプレックス)が建ち、十幾つかの映画を同時に上映するようになりましたが、旧市街に古い劇場があり、ナツメロ風のロックやフォークのバンドが演奏会を開きますが、実演のない日はアンチハリウッドの独立プロダクションが製作したドキュメンタリーなどを上映しています。

バンフの山岳記録映画祭なども、持ち回りでここで上映されますが、主に反体制的な記録映画が多く、何度か足を運んだところ、観衆はウチのダンナさんと同世代が圧倒的に多く、若い人はほとんどいないことに気がつきました。ところが、この老人集団が50年前のスペインの村の野外映画に来ていたワルガキに負けないくらい、ヤジり、歓声をあげ、ハシャグのです。そして、良くできた映画に対しては、最後に拍手を惜しみません。

映画館でスクリーンに向かって声援を挙げ、拍手をするのは意味がない、愚かなことだと考えるか、自分の感情の表現として、自然に体が反応するままに映画と一体となって楽しむかの差は、その人の生き方に反映されることでしょう。

私は、まだ、スクリーンに向かって歓声を上げたことがありませんが、自然に歓声を挙げ、拍手できる人、自分の感情をストレートに表現できる人たちを羨ましく思います。今度、感動した映画でスクリーンに向かって嬌声を挙げてみようかしら。でもあれは自然に体内から湧き出てくるものでしょうから、意図的にやっては却って感激を壊すことになるのかもしれませんね。

バッハ音楽祭のシメは“ロ短調ミサ”と決まっているのですが、曲が終わってから長い拍手の後、まだ興奮が冷めず、教会から出て、頭の中に曲が鳴り響いたまま古い町並みを歩いてホテルへ帰るのは実に良いものです。ああこれで今年の音楽祭が終わったという感慨を抱きつつ石畳に足音を響かせ、皆、少し無口になり、教会から吐き出され家路につくのです。

シメのコンサートの拍手は長く続きますが、アンコールを期待してのことではなく、ただ、素晴らしい演奏を聴かせてくれてありがとうというだけのものですから、いくら長くても音楽の感動を壊すことにはなりません。

こんな盛大な拍手は、スペインの寒村での野外映画で騒ぐ悪ガキの歓声と同次元のことなんでしょうね。

 

  

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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