第383回:サーファーたちの訴訟~海岸は誰のもの?
長年、水上生活をしていたせいでしょうか、汽車やバスの窓から海を見るたびに心が安らぎ、ワーッ、海は良いなと感動します。"海は広いな、大きいな~・・・"という歌が素直に体のなかに染み込んできます。北アメリカ大陸の真ん中で育った私は、ダンナさんに引きずられるように、水上生活者になるまで(させらるまで?)、ほとんど海を知らずに過ごしてきました。
今年の春から夏にかけて2ヵ月間、クロアチアの島で過ごしたとき、借りた部屋はウォーターフロントではありませんでしたが、20~30メートル松林を下ると海岸に出ることができ、海岸には松の木立を縫うように、それはそれは美しい遊歩道が巡らされていました。毎日何度も海岸を歩いたことです。
後で聞いたところでは、いかに大金持ちの別荘でも、超豪華なリゾートでも、海岸を占有できない法律があるのだそうです。スペインでも同様の法律(不文律かもしれませんが)があり、海岸線から何メートルだかは個人が所有できない仕組みになっていたように思います。
昔、カリブの島をセーリングしている時、フランス人のカップルが操るヨットと一緒に小さな島の入り江にアンカーしたことがあります。箱庭のように美しい湾でした。ところが、その島はどこかの大金持ちが個人で所有しており、どこからともなく、とてもお金持ちそうなお婆さんが出てきて、砂浜を散歩していた私たちに、ここはプライベートだから、すぐに出ていけと叫び出したのです。
その時の一緒にいたフランス人の対応は見事でした。諭すように、「この広い空も海も、誰も所有することなんかできないんだよ。持ち帰ることもできないし、空や海に柵や塀をつくることもできない。鳥や魚は自由に動き回っているんだよ。この砂浜が貴女のモノだと言うなら、持って帰りなさい」と言ったのです。
ヨットで長い間クルージングしている人たちは、自然、アナーキーになっていくようです。
ヨット乗りほどではありませんが、サーフィンを楽しむ人たちも、もっと海岸に密接したカタチで海の自由を楽しんでいます。
カリフォルニア州、サン・マテオの高等裁判所が歴史的な判決を下しました。ウォーターフロントを所有しているヴィノド・コースラ氏(Vinod
Khosla)に対し、海岸を自由に使う権利を得ようと訴訟を起こしていたNPO団体『サーフライダー(Surfrider)』に実質的な勝訴の判決を下したのです。
何でもマーティン・ビーチは、サーファーたちの恰好の遊び場になっていたらしいのです。そのウォーターフロント、53エーカーをコースラ氏が2008年に35億円相当で買い取り、海岸への立ち入りを禁止したところ、一見まとまりのない烏合の衆のように思われていたサーファーたちが、NPOを立ち上げ、訴訟を起こし、ついに勝訴したのです。
海岸へのアクセスと海岸線を公的なものであるとする習慣法は、中世のイギリスまで遡り、昔は漁師が安全な湾に船を寄せ、その湾から私有地を抜けて村に行き来するのを、領主たちは鷹揚に許していたのが習慣法になったことのようです。
元々、このマーティン・ビーチは1848年のメキシコ・アメリカ戦争の時にメキシコから奪った公有地でした。そこを、不動産業者、ディベロッパーなどが幾度か売り買いし、価格を釣り上げてきましたが、常に"海岸を公共の目的で使用するときは、それを妨げてはならない"という条件が付いていました。訴訟の全体を見続けていたわけではありませんが、へー、裁判というのは、こんな古臭いことまで調べて争うんだと、奇妙に感心させられたことです。
マーティン・ビーチへの道路も、コースラ氏が所有しています。今度の判決では、その道路も解放すべしとなりました。この判決の影響で、カルフォルニア州の海岸840マイル(約1,400キロメートル)の海岸がすべて解放となると、今まで海岸を占有してきた、ディベロッパー、大金持ち、リゾートにとって、とても大きな問題になるでしょうね。その分だけ、誰でも、サーフィン、海水浴、日光浴できる海岸が増えるのですが。
もちろん、コースラ氏の弁護士は、すぐにこの判決を不服として控訴しています。
第384回:幼児化した文化? コンサート衣装考
|