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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第435回:静かさの幻想と騒音問題

更新日2015/10/15



私たちが住んでいるところは高原の森の中ですから、それはそれは静かです。シーンという沈黙の響きが耳の奥に残るような静けさです。時々、コヨーテの遠吠えが響き、それに脅えるかのように、どこかの犬が応えるのが耳に入ってくる唯一の音でしょうか。こんな環境に住んでいますから、どこかよその家とか旅行先のホテルでも物音、騒音が耳につき、なかなか寝付くことができません。

とりわけ昨年、日本で借りていた公団のアパートは最悪でした。そのアパートは、JRの駅から1分と言うより、駅の真ん前にあり、雨の日に傘をささずに駅ビルに飛び込むことができましたし、1階には東急ストア、隣に生協、郵便局はその向かい、また隣に銀行が3軒、病院もすぐ向かい、図書館は駅を挟んで向こう側、市民センター、コンサートホールも駅に直結と、すべてが信じられないくらい便利なところでした。

ただ、問題は騒音でした。それも生半可なものではなく、激しく、夜は耳栓をして寝なければならないほどでした。いろいろ便利だということは、両刃のナイフみたいなものなのでしょうか。

まず一番電車、5時半にモーニングコールが始まります。音は上に響き、よく駆け上がるそうですが、私たちの借りていた8階の部屋まで、まるで音響の優れたオペラハウスの天井桟敷のように、すべてナマで聞こえるてくるのです。

「まもなく電車が参ります。白線の内側まで下がってお待ちください」という駅のホームのアナウンスが繰り返されます。電車が到着すると、「北広島、北広島です。お忘れ物ございませんよう……。まもなくドアが閉まります。無理な乗車はお止めください」が、ラッシュアワーには3分おき、日中でも7、8分おきに繰り返されます。そして、出発オーライの笛もスピーカーで流されます。 

あのようなアナウンスは、本当に必要なのでしょうか? 誰かの役に立っているのかどうか疑いたくなります。そんなことイチイチ煩く言われなくても、毎度のことだから充分知っているワイ……煩いだけだから、そんなアナウンスは止めて欲しいという人はいなのかしら? 

また、このモダンな駅にはエスカレーターがあり、「手すりにおつかまりください!」というカン高い女性の甘たるい声も聞こえてきます。日本はなんと親切過剰、ほとんどオセッカイに近い国だと実感しました。

日本の車は驚くほど静かに走ります。例外は消防車と救急車です。両方とも他の車や歩行者に注意を促さなければなりませんから、サイレンを鳴らします。不幸なことに、その両方が私たちの住む公団アパートのすぐ近くにありましたので、夜中にサイレンを鳴らして出動するたびに起こされます。しかも、ラウドスピーカーで、「右に曲がります。ご注意ください!」と車の外に呼びかけるのです。誰もいない真夜中でも、サイレンだけでなく、ラウドスピーカーの呼びかけはキチンと真面目に繰り返されるのをご存知でしたか。

救急車の方は、病院の救急用の玄関にバックで入るのでしょうか、馬鹿でかいピポピポが鳴り響き、「バックします」と車についているスピーカーから繰り返されます。このような過剰な親切、注意はもちろん万が一事故が起こった時に、「だから言ったでしょう。当方はちゃんと注意を促していたのに」という言い訳のためもあるでしょう。また、そのようなメッセージをテープで流し続けている送り手の自己満足的な"相手にとって、これで良いだろう"という精神が働いているからでしょう。私の耳には、過剰な親切は"押し付けがましさ"に聞こえてしまいます。本多勝一さんならもっと上手に"聞かされる側の論理"を書いてくれるでしょうけど…。

町での騒音のレベルは異常です。
大きな電子スクリーンに映し出され、そこから流されるCMと音楽、それぞれの商店がこれでもかとばかり、最大のボリュームを上げた音量で客を呼び込みます。一度、間違って新宿西口に降り、その人混みと騒音に酔ってしまい、すぐに引き返してしまったことがあります。

日本人が幽玄、静謐な静けさを好むというのは幻想なのでしょうか。このような騒音の中で、平然と暮らしている日本人とほんの2、3百年前に

古池や蛙飛びこむ水の音、

閑けさや岩にしみ入る蝉の声

と歌を残した人とは別の人種なのでしょうか。今では象がプールに飛び込んでも、そんな音に気がつく人はいないでしょう。

どうも騒音は私たちの公団アパートの位置が悪かっただけではなさそうです。日本を列車でほぼ一周した時に、京都のお寺や、裏日本のヒナビタ田舎町でも、地の底がうなるような騒音が響いていました。

今日の日本で、一番静かな場所は、防音装置の優れたカラオケボックスの中だけになってしまったと言うのは悲しいことです。悲惨です。

私たちは静けさを聴く世界から、なんと離れ、遠くまで来てしまったことでしょう。

 

 

第436回: 王様の指輪 "The Ring of the Load"

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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