第824回:持たざる国、スイス
持たざる国の筆頭であり、かつ魅力的な国のトップはスイスではないかしら。永世中立国で如何なる戦争にも加わらないという立場をとっていることも人気の大きな要素でしょうね。それにしても、スイスには一滴の石油も出ないどころか、地下資源はゼロに等しい上、山国ですから海産物は全くありません。平地がほとんどないので、農作物に適した耕地も少なく、西欧人の主食である小麦、穀物などをどこから得ているのか心配になるほどです。
第一次産業の重工業もないのに、なぜあれほど豊かな国でいれるのか不思議なほどです。スイス人が他の国に移民することなど考えられませんし、スイスの難民なんて聞いたことがありません。
スイスを成り立たせているのは、銀行と精密機械、それに観光です。信用第一の銀行業務ですが、スイスの銀行はそれを長い年月をかけて地道に築き上げ、世界中の大金持ち、国家元首、成金、はたまたドラッグディーラーたちがこぞって莫大なお金を預けています。それが逆利と呼ぶのかしら、利子が何パーセント上がった、下がったというのではなく、銀行が預かっているお金から利子、預かり手数料を取るのだそうです。それでいて自分の財産を、膨大な金額なんでしょうけど、他に知られることなく守りたい大金持ちがワンサといるようなのです。
スイスの銀行では、秘密保持、どんな外圧がかかろうと預金者の情報を絶対に外部に漏らさないことを信条にしていますから、大金を預ける方にとっては多少の利子?を払っても安全を優先するのでしょうね。数多くの小国が、スイスのような銀行方式を取ろうとしています。パナマ、バハマ、カリブの島国などです。ですが、とてもスイスの域には達しておらず、成金のマネーロンダリング(資金洗浄 )に使われている程度のようです。
時計に代表される精密機械ですが、一時期スイスのブランドもの腕時計が憧れの的であった時代もありました。アメリカ人や日本人が免税店で買いまくったものです。安くて正確に動くクオーツが出始めた時、誰がスイスの腕時計をありがたがるかと思いきや、ブランドとファッション性で未だに潰れず頑張っています。今では、腕時計をしている人すら珍しくなり、すべてスマホで済ませている時代です。ところが、今をときめく中国のお金持ち組が、高級時計をガバガバ買っているのだそうです。当分、スイスの時計会社は安泰のようです。
スイス観光の要は山です。氷河と絶壁です。ウインタースポーツの花であるスキーヤーがスイスに落とすお金は莫大で、雪がなくなればスイスのリゾートは死んでしまうと危機感が募り、全地球的な暖冬化異変をヨーロッパの小さな山国が真剣に対策を立て、実行に移しています。
ツエルマットなど有名なスキーリゾートでは、スキーのコースにだけ造雪機をまるで街灯のように並べ、気温が下がる夜中に人工の雪を降らせ、撒き、かろうじてその細い通路のようなゲレンデをどうにか滑れるようにしています。その両側は白茶けた岩が露出したりしています。白銀に輝く雪山をどこでも自由に滑りまくるスイスの雪山のイメージは、大転換しなければなりません。
アルプス山脈の3分の2の氷河が消え失せてしまいました。これはスイスの観光だけでなく、世界中に大きな影響を及ぼしています。温暖化は、地球の歴史始まって以来の猛スピードで侵攻しています。それに対して、極小国のスイスではまず何はさておき、自分のできることをするという実務的な判断からでしょう、氷河全体に百円ショップで売っているようなサバイバル・シート、プラスティックをかけ、氷河が溶けるのを抑えようと、スピードを緩めようと実行に移したのです。
そのシートの大きさは広大なもので、あらゆるものを布、キャンバスで包み込む芸術家、クリスト (Christo;ブルガリア生まれの芸術家、ドイツの旧国会議事堂を包み込んだり、コロラドの峡谷を長大なカーテン仕切ったり、茨城県とカリフォルニアに何千もの大きな傘を同時に開いたりした。2020年、ニューヨークで死去)の作品が、子供のお遊びに見えるほどです。確かに、カバーをかけた部分の氷河は、周囲に比べると氷河が溶けずに残っています。
人口1,400万人の国に、年間1億2,000万人もの観光客が押しかけるのです。観光資源の山々、氷河、湖、谷間の村々を大切に保存しようとする気持ちは大いに分かります。そこで、氷河学?が登場し、スイスはその先端を行っています。
その代表的人物、フェリックス・ケラーさんのアイディアで、氷河の上流に深い井戸を掘り、氷河と地面に溜まっている水、ちょっとした湖ほどの大きさですが、その水を長いパイプラインで持ってきて、氷河の中流、下流に、上から撒く、サイフォンの原理で水は高きから低きへ流れ落ちる理屈で電動モーターの力を借りずに造雪機のように氷河の上に張ったパイプから噴霧し、人造の氷河を積み上げていくというのです。
それをアイディアだけでなく、すでに実行に移しています。冬季間にわずかでも氷河の層を厚くし、夏の溶解に対処するという気の遠くなるような自然相手の大仕事です。スイス人は国民皆が皆自然愛好家であり、自分たちが持つ自然を保とうとする姿勢があるのでしょう。世界規模の二酸化炭素の排出をコントロールする運動はもちろん大切だが、まずは目の前にある自分たちができることをやる!という態度を強く打ち出しているようにみえます。
この氷河再生の企画、実行者ケラーさんはかなりの腕前のヴァイオリン奏者だそうです。氷河再生企画を非難するグループも当然あります。彼らはケラーさんのことを、「あいつは気狂いだ、とんでもない企画だ!」と叫んでいるのを、サラリと受け流し、「確かにその通りかもしれないな~」と言い、ヴァイオリンを奏でています。
このケラーさんが氷河と地面の間の水を吸い上げたことで、氷河が下に流れるスピードがガクンと落ちるというプラスの副作用があったと言います。
スイスのように持たざる国が生き残るためには、ケラーさんのように、まず自分のできることからヤルという態度が大切なんでしょうね。
第825回:美味しく安全な飲料水
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