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■現代語訳『方丈記』
  ~鴨長明の『方丈記』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳
更新日2014/06/26



方丈記  第九回

 

 考えてみれば、この世の中で生きて行くというのは、なにもかも難しいことばかりであって、自分自身の体や住まいのはかなさや頼りのなさも、すでに述べた、地震や火事などに直面した街のようすと同じようなものかもしれない。ましてや、住む場所によって、また自分自身の境遇によって生じる、心の悩みの数々は、いちいち数え上げたらきりがない。

  もし、世間的にたいした存在ではなく、権勢のある者のそばで細々と生きている者であれば、たとえ、ほんとうは大いに喜ぶべきことがあったとしても、それを存分に楽しむことができない。切なく、嘆き悲しみたくなるような時でも、声を上げて泣くことができない。前に進もうにも退こうにも、自分自身の進退さえ思うようにならず、権力者の挙動の一つひとつに恐れおののくさまは、まるで鷹ノ巣の側に巣を置かれた雀のようだ。

  もし、貧しくて、裕福な者の隣で生きている者であったりすれば、朝に夕べに、みすぼらしい自らの姿を恥じ、家から出る時も、隣の者に、ついついへつらいながらでる始末。妻や子や、下働きの者が羨ましそうにしているのを見ても、裕福な者が自分たちを見下げたり軽んじたりしたというのを聞いても、そのたびごとに心が動揺して、常に心が安まる時がない。

  もし、狭い土地にひしめき合って住んでいたとすれば、近くに火事があって炎上すれば、災いを逃れるすべもなく、もし、田舎に住んでいたとすれば、どこに行くのも、戻ってくるのも大変で、盗賊による被害のことも心配しなくてはならない。権勢のある者は貪欲だし、一人で生きる者は人から軽んじられる。財産があれば、それを失うのが恐ろしく、貧しかったら貧しかったで、富める者への恨みつらみがはなはだしい。人に頼れば、いつのまにやらその人の下部(しもべ)になってしまうし、人の生活の面倒をみたりすれば、それはそれで、感謝されたり有り難がられたり恩に着られたりなどして、かえって不自由な思いをする。

  世の中の趨勢(すうせい)に合わせ従えば、息苦しくなるし、かといって、従わなければ、狂人も同然の扱いをされる。一体全体、どこにどのように住んで、何をどうすれば、落ち着いて暮らしていくことができるのだろう。ほんの少しの間でも、心を安めることができるのだろう。

 

 

※文中の色文字鴨長明が用いた用語をそのまま用いています。

 

 

 

第十回


 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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詩人、ヴィジョンアーキテクト。言葉、視覚芸術、建築、音楽の、四つの表現空間を舞台に、多彩で複合的なクリエイティヴ・表現活動を自在 に繰り広げる現代のルネサンスマン。著書として『アトランティス・ ロック大陸』『鏡の向こうのつづれ織り』『空間構想事始』『ドレの神 曲』など。スペースワークスとして『東京銀座資生堂ビル』『LA ZONA Kawakasi Plaza』『レストランikra』などがある。
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