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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第53回:冬場のイビサ島 その2

更新日2019/01/31

 

オフシーズンになり、遅い朝、地元紙「ディアリオ・デ・イビサ(Diario de Ibiza)」、全国紙「エル・パイス(El Pais)」、週刊誌「カンビオ16(Cambio 16)」などを、ヴァラ・デ・レイ通りのキオスクで買い、日当たりの良い『バール・アルハンブラ(Bar Alhambra)』のテラスに陣取り、カフェ・コン・レチェ(café con leche;ミルクをたっぷり入れたエスプレッソコーヒー)とパネシージョ(panesillo;手のひらほどの大きさのバゲット)にトマトをなすりつけ、オリーブオイルを染ませたトーストの朝食を取るのが私のお気に入りコースだった。

健在だった老ボクサー犬“アリスト”も私の習慣をすぐに見抜き、私のベッドに陽が刺す頃になると、ヨダレだらけの臭い口を私に寄せ、私の顔を舐め、起こしにかかるのだ。私は分かった、分かったとアリストを引き連れて町に下りるのだった。

スペイン語の新聞や雑誌を小型の辞書を片手に、読むと言うより、目を通したり、時折手に入る日本語の雑誌や本を読みながらゆっくりとコーヒーをすすっている間、アリストは礼儀正しくテーブルの下、足元で身体を丸めうずくまっているのだった。

だが、それもメス犬が近くを通りかかるまでのことで、メス犬を見るのか嗅ぐのか、メスの存在を感知するや否や、口の周りがすっかり白くなった老犬にあるまじき素早さ、強引さで、テーブルをひっくり返しかねない勢いで飛び出し、メス犬を追うのだ。メス犬にも好き嫌い、選ぶ権利があるわけで、 ほとんどの場合、アリストの攻勢は失敗に終わり、私のテーブルに帰ってくるのだった。

そんな様子を見て、イビサの友人共は私に、「お前も少しはアリストの直情的積極性を見習え、ああやってアタックし続ければ、10回に1回くらいは相手にしてくれるメスがいるかも知れんぞ…」と言うのだ。

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老ボクサー犬、アリスト。強面だがメス犬には滅法弱い

イビサ旧市街のバールに出入りするのは90何%は外国人だ。残りの10%弱ほどのスペイン人、カタラン人、イビセンコで、外国語の達者な連中だけが『タベルナ』や『フィエスタ』などを徘徊する。

冬に居残る本土からの出稼ぎ組やイビセンコは、ヴィア・プニカ通りにある2軒のバールやカフェテリアに行く。『ミアミ(Miami)』(マイアミだがスペイン風にミアミと呼ばれる)と『ミラン(Milan)』で、『ミアミ』の方はサッカーくじのキニエラ(Quiniela;イタリアのトトカルチョと同じ)に熱狂する人種が多く出入りするようなバールで、オッサン組のたまり場だ。いつもテレビをヤカマシクつけっ放しにしており、客はカウンターで立ち飲みだ。

一方の『ミラン』は、ゆったりとしたソファーのようなベンチがテーブルを挟んで並び、一応はウェイターが注文をとりにくるカフェテリア・バールで、こちらは圧倒的に若者が多い。カーニャ(caña)と呼ぶ生ビールを普通サイズのグラスで出すし、ワインもグラス売りだ。どちらのバールも冬にはすごい賑わいで、夜、空席を見つけるのが難しいほどだ。

今思い起こしてみると、『ミアミ』や『ミラン』で外国人を見かけたことがないし、旧市街の外人専用のようなバールでは珍しくないアル中気味の泥酔、すでに出来上がってロレツが回らず、フラツクような酔っ払いを目にしたことがない。スペイン人は子供の時から酒の飲み方を身をもって仕込まれているのだろうか…。

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イビサ第二の港町、サン・アントニオの港風景

サンアントニオ(San Antonio)は、イビサの町から15キロ離れた島の北西にある小さな港町だった。そこにバカンス向きのホテルが建ち始め、バール、レストラン、ディスコがまさに雨後の竹の子のごとく立ち並ぶようになった。ホテル建設ラッシュで2年もサンアントニオに行かないと、まるで違った町に迷い込んだ気にさせられるほど急激に変わっていったのだった。 

サンアントニオに送り込まれるツアーは激安を地でいくパッケージで、イギリス、ドイツ、北欧、オランダから、航空券と2食付きのホテルでも、自分の国の、自分の家で過ごすより安上がりだと言われていた。おまけにビールやワインに酒税のないスペイン(ウイスキー、ブランデーなどのリキュール類には僅かながら酒税が掛けられていたが…)で、彼らの国では考えられないほどバカ安で飲めるのだ。これで朝から飲むなと言う方が無理なのだ。

一度、冬場をイギリス、アイルランドで過ごし、春先安いチャーターフライトでロンドンからイビサに飛んだことがあった。満杯の乗客は、飛行機が飛び発つや否や飲み始め、2時間半ほどの航程でイビサに着陸した時には200人以上の泥酔客ができあがっていた。彼らの全員と言ってよいと思うが、サンアントニオ界隈のリゾートホテルに送り込まれるのだ。

イビサの町近くや海辺に別荘を持つ常連のイビサ族は、サンアントニオ組を、工場労働者のための安バケーションだと忌み嫌った。あいつらは教養がなく、酔っ払うだけしか能がない人種だと軽蔑していた。ヨーロッパの階級社会の縮図が、小さなイビサ島にもあるのだ。

夏のサンアントニオは、マラケシ(モロッコの旧都)のキチガイ広場のような状態になる。狭い通りが身動きができないまでに埋まる。中でも人気なのは『ジョーズ・スプーン・バー』で、よく通るすばらしい声の持ち主、ジョーが手にした二つのスプーンをカチカチ鳴らしながらアイルランド民謡を唄うと、彼に和するように酔客も歌い出すのだ。自己陶酔だけのカラオケとは180度異なる大合唱になるのだ。

夏場の大混雑と喧騒がまるでウソのように、イビサの冬場はまるでゴーストタウンになる。一軒だけ開いているのは『アル・アンダルース(Al Andalus)』(南スペインのアンダルシア地方)というバールで、飾り気のまったくない、ピソ(アパート)の1階のがらんとしたスペースにバーカウンター、安物の椅子、デコラのテーブルを乱雑に置いただけの場所だが、そこにアンダルシアから出稼ぎに来た人たち、冬に彼らの村に帰らずイビサに居残った人たちが集うのだ。この『アル・アンダルース』に行こうと何度も誘われたが、彼らの内輪だけの雰囲気を壊したくないという気持ちがあり、興味は大いにあったのだが行くチャンスを逃していた。

『カサ・デ・バンブー』に時折ピンチヒッターとして来て貰っていたアンヘリータに兄のアントニオ(第26回: 公爵夫人とアントニオhttp://www.norari.net/ibiza/062818.php)のギターで唄うから、是非来てねと声を掛けられ、やっと足をサンアントニオに向けたのだった。ウエイトレスのアントニアも、アンヘリータの歌、アントニオのギターは凄いから行こう、行こうと誘ってくれた。 

『アル・アンダルース』は海岸通りから2本ばかり奥まった安普請のホテル街にあった。そこだけがポツネンと灯った光が路上に漏れていた。さして広くもないバールは超満員の熱気が篭っていた。ステージなどはなく、片隅に椅子を4、5脚置き、ギター弾きが陣取り、歌い手は座る者、立つ者もいる。演奏家たちの前に6畳敷き程度のスペースが踊るために空けてあった。

そこに足を踏み入れた時、中年の無精ヒゲを生やした小柄な男が目を閉じ、絶叫するように唄っていた。

-…つづく

 

 

第54回:冬場のイビサ島 その3 ~アンダルシアとイビサ

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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