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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第55回:隣人のルーシーさんとミアさん

更新日2019/02/14

 

ルーシーさんは70歳前後のスコットランド人だ。これ以上痩せたら何も残らない程やせ細った身体にホペッタだけ血色のいいピンクの小さな顔を載せ、スコットランド訛りの強い英語を話す。ミアさんはノルウェー人で、姿勢の良い大柄なデーンとした体躯、白い髪を思い切りショートカットにし、コンガリと満遍なく陽に焼いた顔、身体の持ち主だ。

この二人は『カサ・デ・バンブー』の前の坂道を登ったすぐ上隣にある階段状になったアパルトメントス・ロセージョ(Apartamentos Rosello)の常駐組で、1年を通してそこに住んでいる。部屋も隣り合わせだ。

ルーシーさんとミアさんは、体つきだけでなく何事につけ対照的だ。ルーシーさんはイビサにいるのに太陽を避ける陰性植物のようだし、一方のミアさんはデップリとした身体を太陽に晒し、足取りも確かにエネルギッシュに歩き回る。

共通しているのは二人とも一人暮らしで、70歳前後だということだけだろうか。二人にとって『カサ・デ・バンブー』は何かの緊急連絡先であり、すぐ隣に誰かがいつも住んでいるというだけで安心をもたらす安全弁だったのだろう。二人とも、『カサ・デ・バンブー』にとって常連の良い客とは言えなかったが、シーズンオフにお茶やコーヒーに呼んだり、呼ばれたりが数回あり、多少距離を置いたご近所さん的な付き合いをしていた。

『カサ・デ・バンブー』開店の時、ご近所さんとして二人とも招待した。ルーシーさんは自分の庭で摘んだ小さな花束を持ってきてくれた。その時は混雑もしていたし、私自身にゆとりがなかったせいで、ほとんど会話らしい会話ができなかったと思う。

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買い物はイビセンコバッグ(capazo ibicenco)が定番

旧市街の中心にある市場から『カサ・デ・バンブー』のあるロスモリーノスへは距離にして500-600メートルくらいのものだが、トンネルをくぐる前がちょっとした登り坂になっており、老人が一気に登り切るには、しかも重い買物袋を下げて登りきるにはキツイ坂になっていた。買物帰りのルーシーさんが木陰で一休みしているのをよく見かけ、大きなイビセンコバッグ(カパソと呼んでいるワラを編み込んだ広口のバック)を彼女のアパートまで運んであげることが重なり、その時、彼女の口調、アクセントに強いスコットランド訛りがあることに気が付いたのだった。

彼女がスコットランド人で、私も1年近くスコットランドに住んでいたことがあるという共通点を見出し、その上、彼女が大の犬好きで、午後のティーに呼ばれた時に、どこに行くにも付いてくるボクサー犬アリストを気兼ねなく彼女のアパートに連れて行くことができたことが急速に親しくなった要因だろうか。アリストもルーシーさんが犬好きなことをすぐに察知したのだろうか、水嫌いのアリストの首根っこを押さえ付け、シャンプーをしてやった後など、逃げるようにルーシーさんのパティオに行くようになっていた。

冬場、私が島を離れる時、ルーシーさんが宣言するように、「私がアリストのメンドウをみるわよ」と言ったものだ。そこで、アリストのベッドである毛布を敷いた直径1メートル程のバスケットとドックフードの箱をルーシーさんの元へ運び上げるのが、シーズンオフの恒例になった。

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ロスモリーノスの小さな隠れ家ビーチ

最初にコケたのは、たくましいミアさんの方だった。

彼女たちのアパートの真下にゴロタ石の小さなビーチがあった。そこは70-80メートルもある崖下で、せり出し、えぐれた岩が今にも落ちてきそうなところだったが、その分、海から以外の視界が完全に遮られた、一種秘密めいたビーチになっていた。そのビーチに下りるには、崖っぷちにジグザグに付いている相当危うい急な坂道を降りなければならなかった。

一旦そのビーチに着いてしまえば、人目をハバカラずにプライベートな日光浴を楽しむことができるのだった。主にゲイのカップルが多かったように思う。私たちはオカマビーチと呼んでいた。私は数度、泳いでそのビーチまで行ったことがあるのだが、ある時、素っ裸でオイルを塗りあっている男が平気で竿をオッタテているのを目にし、ギクリとしたことだ。時機にそんな風景にも慣れてしまうものだが…。

そんなビーチで、ミアさんは裸で日光浴を楽しむ習慣を持っていたのだろう。若者の足でもバランスを崩しそうな崖の狭い坂道で、遂に転んでしまったのだ。誰が『カサ・デ・バンブー』に駆け込んできたのか覚えていないのだが、私が慌てて駆けつけた時、ミアさんは大きなリュウゼツランに引っかかるように太った身体を倒し、悲鳴を上げていた。大きな棘が身体と顔に無数に突き刺さり、膝、腕、顔を岩に強打したようだったが、命に別状があるようには見えなかった。

崖下のビーチにいた男連を呼び、ミアさんをリュウゼツランから外し、坂の上まで持ち上げるのは大仕事だった。その間、ミアさんは悲鳴を上げっぱなしだった。デップリ太った老人を運ぶのは、救急隊員のようなプロの仕事だと実感させられたことだ。血だらけの外傷は一見劇的だったが、骨はどこも折れていないようだし、打ち身程度だとは思ったが、そのビーチにいたゲイカップルが彼らの車で病院へ運び込んでくれたのだった。

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リュウゼツラン(agave)
剣状の肉厚の葉には鋭い棘があり人を寄せ付けない

1週間も経ってから、ミヤさんは松葉杖に両膝に包帯、右腕もグルグル巻きにした様相で『カサ・デ・バンブー』まで降りてきてた。お礼を言いに来たのだ。その面相は惨憺たる有様で、顔半分が外傷用の薬品の色と混ざり合って濃い青紫色になり、デコボコに腫れ上がり、これで目に鋭い棘が刺さらなかっただけ幸運だったと思わせるほど、顔半分が破壊されていた。

その後、ミアさんが転んだところに行ってみて、大きなリュウゼツランがミアさんの巨体を支えきれなかったら、崖下まで落ちていたところだったと知った。よくあることで、ゴールデンウィークの山歩きで、毎年かなりの数の老人がバランスを崩して、足を踏み外して落下…と同じ次元の事故だ。ミアさんは危ういところを打撲傷と何十箇所か畳針のような棘が刺さっただけで済んだのだ。

すぐにヴァイキングの子孫を絵に描いたような超大男の息子が迎えに来て、ミアさんのアパートをたたみ、彼女をノルウェーに連れ帰ったのだった。

-…つづく

 

 

第56回:ルーシーさんと老犬アリスト

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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