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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第57回:オッパイ・リナの大変身

更新日2019/02/28

 

リナはマリアーノのガールフレンドだ。このイビセンコ・カップルは『カサ・デ・バンブー』を開店した当初、よく来てくれたし、マリアーノが新聞などにこのカフェテリアの紹介記事を書いてくれたりで、少しは宣伝に役立っていたと思う。

マリアーノの父親はカタラン(カタルーニャ語)、イビセンコ(イビサ語)の詩人、エッセイストとして高名な人物で、何冊かの詩集を出版していた。その息子、マリアーノの方は、ジャーナリズムに相当顔が売れており、レストランやホテル、ディスコの観光案内だけでなく、イビサのチョットした埋もれた歴史、観光客が足を伸ばさない村のことなどを地元新聞の『ディアリアオ・デ・イビサ』(Diario de Ibiza)やバルセローナの大手新聞『ラ・ヴァングアルディア』(La Vanguardia)などに寄稿していた。イビサのことならマリアーノに訊けとばかり、外国のジャーナリストにも相当顔が売れている様子だった。

Diario de Ibiza-02
1980年頃の「Diario de Ibiza」「La Vanguardia」

『カサ・デ・バンブー』にドイツ、北欧、イギリスの観光ジャーナリスト、エージェント、業者を連れてきて打ち合わせ、ミーティングをしてくれた。マアー、その分マリアーノの顔を立て、感謝の意味でワイン1本、イエルバス(イビサの甘口リキュール)を1本テーブルに置いたものだ。

マリアーノはいつも大型のブリーフケースに自分が書いた記事のファイルを持ち歩き、加えてミィーティングの相手に応じた資料も相当揃え、なかなか優秀なご当地ジャーナリストのようだった。言葉も達者で、フランス語、英語、それにドイツ語もこなしていた。

そんな顧客とのブリーフィングにもガールフレンドのリナをよく連れてきた。背が低く、小太りのマリアーノとは対称的にリナの方は背が高く、グラマラスな肢体を持っていた。リナの悲劇は、オッパイが大き過ぎることだったと思う。

私はイビサで裸、オッパイを散々見慣れていたが、リナのは、ともかくありきたりの大きさでなく、日本でよく言うお椀を被せたような…では収まり切らない、バレーボールサイズの胸の持ち主なのだ。しかも、若さのせいか体質なのか、小さなサクランボ色の乳首はプチンと上を向き、垂れ下がることなく、大きな半球を前面に突き出しているのだ。

おまけに、リナは腰が細く、尻も小さいというのか、ほとんどないので、余計に胸の大きさが目立つのだった。リナは角ばった小さな頭、それによく観れば愛嬌のある細い目を持っているのだが、目、鼻、口、すべてが中央に集まりすぎ、全体に美人とはいえないチマチマとした顔になってしまっていた。一言で言ってしまえば、田舎臭い顔の持ち主だった。

彼女が一泳ぎした後、裸で、いかに自分の胸の大きさを意識せず、自然態の裸で『カサ・デ・バンブー』に上がってきても、男たちの100%がまず彼女の胸に目が釘付けになってしまうのだ。私も彼女の胸に目を走らせず、顔、小さな目を見て会話ができるようになるまで、多少の修練が必要だった。

リナにとっても煩わしことだったと思うが、人は、特に男どもは、彼女と接する時、交わす会話より先にオッパイの方に目も気もとらわれてしまうのだ。誰も彼女自身に興味はなく、まるでオッパイだけがすべて…と取るのだ。上半身だけなら、リナはマリリン・モンローが少女に見えるような肢体を持ちながら、中身は田舎娘の垢抜けしない素朴そのものの性格のままだった。

マリアーノが顧客と何やら外国語で話している時、イビセンコしか話せない(リナのスペイン語、カスティリア語は相当強いイビサアクセントが残っている、ズーズー弁風だった)田舎育ちのリナは、席を離れ、一人で泳ぎに行ったり、カウンターに来て、私と世間話をするようになった。

リナは旧市街のブティックで売り子をしていたが、両親のカンポ(田舎、畑)で暮らす方が好きで、街は好きではないとも言っていた。それでいて、『カサ・デ・バンブー』が少し立て込んでくると、私の邪魔にならないよう、カウンターを離れるだけでなく、頼んだわけでもないのにメニューを客席に持っていったり、帰った客のテーブルを片付けたり、パッパッと率先して手伝ってくれるのだった。きっとマリアーノの仕事の打ち合わせの席にいるより、カフェテリアのウェイトレスの方が気楽だったのだろう。

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岩場の海岸でのんびり日光浴、Los Mollinos

彼らの破局は案外早くやってきた。
ドイツ人相手のミーティングで、うまく仕事を取ることができなかったのか、ドイツ人が席を立ち、先に帰り、リナとマリアーノが残った時、マリアーノがリナを罵倒しているのを耳にした。「お前は何の役にも立たない、デカパイだ!」と、罵詈雑言を激しい口調で浴びせたのだ。

マリアーノにすれば、恐らく自分のジャーナリストとしての仕事の秘書役をリナに期待していたのかもしれない。でも、それは“ないものネダリ”というものだ。それに対して、リナは一言も発しないまま、小さな目から涙が溢れ出るに任せていたのだった。

2週間も経った頃、リナが一人で『カサ・デ・バンブー』にやってきた。カウンターに陣取り、開口一番、「私、マリアーノと別れたわ…」と宣言するように言ったのだ。マリアーノのことを悪く言うわけではなかった。彼にとても付ていけなかったし、彼には私より有能なヒトが必要だったのよと、問わず語りにポツリ、ポツリと話したのだった。

リナはどこか寂しげだったが、一人で伸び伸びと何度も泳ぎに行ったり、冷えた飲み物を取りに『カサ・デ・バンブー』に戻ってきたりで、一日を過ごしたのだった。

シーズンの終わり頃だったろうか、しばらく顔を見せていなったリナが、ノヴィオ(novio:婚約者)を連れてやってきた。私の新しい彼よ、というわけだ。人は生まれ変わるように変化できることを知った。田舎臭いの一言で、田舎娘のカテゴリーに入っていたリナが、薄化粧をしかも相当上手にし、ファッションも胸を強調せずに緩やかに身体を覆うソフトなパステルカラーのブラウスを着こなし、唖然とするくらい変身していたのだ。

何よりも、今の彼氏と幸せな良い関係が彼女に生き生きとした美しさをもたらしたのだと思う。彼はバルセロナの建築家で、もの静かな性格が表情に出ているような人物だった。彼の仕事の関係で、リナも彼と一緒にバルセロナに引っ越すということだった。イビサを去る前に、お別れの挨拶がてら来てくれたのだろう。

傍で観るのも危なっかしいほど、肉体と性格がアンバランスの極みだったリナは、やっと、平衡を得たのだろう。 

数年後、イビセンカの方のカルメンが、リナは二人(三人だったかもしれない)の子供ができて、母親業に忙しくしているとの情報をもたらしてくれた。赤ちゃんの頭よりズーッ大きなオッパイを含ませているのを勝手に想像し、なにやら可笑しくなった。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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