第4回:私のポニィー その1更新日2006/03/23
ついにその日がやってきました。5歳の誕生日のことです。
おばあさん、得意のエンジェルフードケーキに立てられた5本のローソクを吹き消し、大好きなエンジェルフードケーキを食べ終わるのももどかしく、居間から飛び出すように外に出ました。いつの間にかウイルカーおじさんが連れてきたのでしょう、子馬がポーチの手すりにつながれていました。なんと白馬だったのです。雪のように真っ白とはとても言えないベージュがかった白でしたが、私にはとても美しく、輝くように見えました。それは丈夫そうな太目のガッシリとした足、優しそうなまなざしを持ったメスのシェトランドポニィーでした。

5歳の誕生日の写真が見当たりません。きっとポニィーの
ことが気になって写真どころではなかったのでしょう。
この写真は私の3歳の誕生日のものですが、
エンジェルフードケーキは、いつも変わらぬ定番でした。
私は興奮の絶頂にあり、鼻先をなで、からだじゅうあたりかまわず軽くたたいたり、フサフサしたあし毛に触ったり、ポニィーの周りを気が違ったようにくるくる回ったのでした。ポニィーはジッと私のなすがままに、触られるままになっていました。ただ黒水晶のような大きな目で私を追うように見つめていました。その目は、このちっちゃな女の子が新しい主人になるのかな、と言っているようでした。
私は興奮のあまりお祖父さん、お父さん、ウイルカーおじさんにありがとうを言うのを忘れたくらいでした。お祖父さんが、「グレース、名前はなんとするかね」と尋ねました。私は即座に「デイジィー」と答えましたが、実はウイルカーおじさんとおじいさんのヒソヒソ話を耳にしてからというもの、悩んだり迷ったりした末、すでに名前は決めてあったのです。デイジィーは白いひな菊を意味しますが、偶然にも白いシェトランドポニィーにとても似合った名前でした。
「ウイルカーおじさんが、教えてくれるから、今日から、お前はきちんとポニィーの世話をしなければならないよ」と、お父さんが言うのも耳に入らないくらいでした。実際ポニィーのためなら私はどんな辛い仕事でもしたでしょう。その日から、私の生活はディジィーを中心に回転し始めました。私はウイルカーおじさんにうるさいくらい付きまとい、ポニィーのことなら何でも知ろうとしました。
その後、私が大きくなるにつれ、持つ馬も大きくなり、ハックニィー種(ポニィーと普通のクォーターホースとの中間くらいの大きさの馬)を持つようにり、さらにクォーターホースを何頭も世話をしましたが、初めてのシェトランドポニィーのデイジィーがやはり一番思い出に残っています。
デイジィーには顔(頭と言ったらよいかしら)を皮ひもで覆ったハーネスを付けただけで、まだ轡(クツワ)をかませたことがありませんでした。とてもおとなしい性格だったので、私が裸の背にまたがることを嫌がりませんでした。でも、どこにどう行くのか、歩くのか止まるのかは、デイジィーと神様だけがご存知で、まったく乗り手の意向とは無関係に動くのでした。
ハーネスだけ馬をコントーロールするのは、よほどのトレーニングをこなした後でなければ難しいのです。そこでウイルカーおじさんは、デイジィーの口にぴったりと合ったクツワを作ってくれました。デイジィーは最初とてもクツワを嫌がり、なかなか歯の奥に噛ませることができませんでしたが、ウイルカーおじさんは、デイジィーに優しく話しかけながら、クツワをもう一度よく洗い、鉄の匂いを取り、蜂蜜をたっぷり塗って、鼻先に持っていきました。デイジィーが舌を出し蜂蜜を少しなめてから、唇でついばむような動作をした瞬間ウイルカーおじさんはスイッとクツワを歯の奥まで滑り込ませたのです。
ですがそれは長いトレーニングの第一歩でした。ウイルカーおじさんは口癖のように、「馬は運動させ、締め込まなければダメになる」と言っていました。私はクツワを持って牧草畑をフェンスに沿って散歩に連れ出し、飼葉をやり、藁で体をこすり、足を洗い、懸命に世話をしました。
初めの頃は、ウイルカーおじさんやお父さんと一緒にデイジィーの裸の背に乗り(アブミのついたサドルを持ったのはずっ〜と後になってからのことで、それまでは裸馬に乗っていました)、フェンスによじ登ってからデイジィーの背に乗り移ることを覚えてからは一人で跨り、どうにか前進、ストップ、右、左に曲がれのコントロールができるようになるのに、半年はかかったでしょう。最後まで後進を覚えさせることはできませんでしたが…。
デイジィーは私によくなつき、私が森の中を散歩するときにトコトコと付いてくるし、どんなに遠くにいても、「デイジィー!」と私が呼べば早足で私の元にくるのです。日本の唱歌に、『呼べばこたえて、メンコイな』という歌があることを知りましたが、この詩を書いた人はほんとに馬が好きだったと思います。馬はほんとにメンコイものです。
デイジィーの眼が赤くなり、マブタがピンク色になり,
目ヤニがいつもより多いのに気づいたのは私が小学校の3年のときだったと思います。柔らかい布で目ヤニをぬぐっても、すぐに涙のようにダラーッと目やにが下がってくるのです。ウイルカーおじさんは一度沸かした湯に重曹を溶き、それで丁寧にデイジィーの目を洗い、フエルトで目パッチをつくり、デイジィーの目を完全にふさいでしまいました。
私は重曹で目を洗うやり方を教えられたまま日に何度も施しましたが、あれほど黒く輝いていた深いやさしさに満ちていたデイジィーの目は次第に白い幕がかかったかのように輝きがなくなり、焦点も定まらず、失明してしまったのです。
私の悲しみはとても激しいものでした。デイジィーが私の声のする方に顔を向け、もう白い霧に包まれた見えない目で私を探すかのように首をかしげるとき、私はデイジィーの首にかじりつきぶら下がるように泣いたものです。
デイジィーの目が見えなくなり、回復の見込みがないとはっきり分かったとき、ウイルカーおじさんは私に珍しく長話をしました。馬は額の真ん中に第3の眼があり、その目を開くにはこれから今まで以上に親身になって世話をし、より話しかけ、触り、運動をさせること、そしてその目を開くことができるのは私にしかできないこと、を朴訥と語ったのです。
それから間もなく、デイジィーは額にある第3番の目で本当にモノが見えるようになったのでしょうか、祖父さんの牧場内なら目の見える馬と同じように乗り回すことができるようになり、私をよりいっそう慕うようになりました。

馬は主要交通手段でした。
結婚前のお父さんがお母さんに会いに行ったところです。
-…つづく
◇◆◇◇◇◆◇◇◇◆◇
◆ヴェルマおばあさんの田舎料理
2◆
『エンジェル フード ケーキ』
卵の白みをベースにしたフワフワと軽いケーキで、誕生日のオハコでした。料理上手のヴェルマおばあさんでも、焼くときの温度調節がうまくいかず(もっとも、薪を燃やす調理ストーブ、オーブンでしたが)、よく失敗しましたが、私は焼きすぎたり、ふっくらと盛り上がらなかった失敗作を食べるのも楽しみでした。
◆材料:
卵 12個 白身だけ
小麦粉 200グラム(ケーキ用小麦粉を使った方がきめ細かな仕上がりになります。)
砂糖 カップ 4分の3杯
酒石(辞書で"酒石"となっていますが、Cream
of tartarです)
小さじ 1杯半
塩 小さじ 4分の一杯
砂糖 カップ 4分の3杯
ヴァニラエッセンス 小さじ 一杯半
アーモンドエッセンス 小さじ 半分(これは入れなくてもかまいません)
1.
オーブンを190度に暖めておきます。
2. ボールに小麦粉と砂糖(カップ4分の3杯)を入れよく混ぜておきます。
3. 別の大き目のボールに卵の白み、酒石、塩を入れ、スポンジ状になるまで攪拌します。これが一番大変な仕事で、おばあさんはフォークを数本重ね、手で猛烈な勢いでリズミカルに泡を立てていましたが、私は電動の攪拌機を使っています。
4.
4分の3カップの砂糖を大さじ2杯分くらいづつ、攪拌しながら加えていきます。
5. ヴァニラ、アーモンドなどの香料を加えますが、このときはゆっくりとやさしく混ぜます。
6.
2.で用意しておいた、小麦粉と砂糖をミックスしたものを、1回に4分の1カップくらいずつ、サラサラと粉雪のようにスポンジにかけ、静かに混ぜていきます。
7.
大きな丸いドーナツのような型をした、真ん中に煙突のように穴の開いたケーキ焼き器(Tube Panと呼んでいました)に、6.でできたものを流し込みます。この際、器の内側にバターやオイルを塗る必要はありません。
8.
オーブンに入れ、30分から35分で焼き上がりますが、フタを取り、指でケーキを押し、スポンジのように押し戻ってくるようなら焼き上がりです。
9. ケーキが完全に冷えるまで待ち、トッピングをかけます。おばあさんはいつも自家製のイチゴジャムでした。
第5回:私のポニィー その2

