■グレートプレーンズのそよ風 〜アメリカ中西部今昔物語


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:ウイルカーおじさん その1
第2回:ウイルカーおじさん その2
第3回:ウイルカーおじさん その3
第4回:私のポニィー その1



■更新予定日:毎週木曜日

第5回:私のポニィー その2

更新日2006/03/30

誰がデイジーに仔馬を持たせることを決めたのかは、今もってはっきりしません。

ミズリー州のこの界隈では小規模の自作農が多く、お祖父さんの農地でも作物は一種類に限らず、小麦、燕麦、大麦、トウモロコシ、牧草、それに菜園ではトマト、イモ、にんじん、さやえんどう、グリーンビーン、インゲン豆、イチゴ、ブルーベリー、ブラックベリー、スイカ、レタス、おまけにりんご、なし、もも、クルミの木が7、8本づつありました。

また、家畜の種類も多く、肉にする牛、牛乳を採るための牛、豚、鶏、羊、馬、アヒル、それに犬や猫も常に何匹も飼っていました。どんな動物でも思春期を過ぎ成長したら、子を持たせ増やすのは田舎では自然の流れだったのでしょう。

あれほど、ユッタリとした性格のデイジーが、ある春、急に落ち着きをなくし、神経質に首を振り、時折、喉の深いところから叫び声のようなイナナキを発するようになったのです。ウイルカーおじさんは、「デイジーも年頃の娘になったか」と悠然と構えていましたが、私はデイジーの性格が変わってしまい、私の手の届かないところに行ってしまい、私との絆が切り離されるような変化が起こるのではないかととても心配でした。

お祖父さんは雄(オス)の馬(スタッドと呼んでいます)やオスの牛(種牛)を持っていましたが、シェトランドポニィーのオスは持っていませんでしたから、向こう隣の(と言っても8〜9キロは離れていましたが)ローゼンバーグさんのところにいたオスのシェトランドポニィーに、デイジーのお婿さんとして白羽の矢が立てられました。と大げさに言うほどのことでもなく、こちらに雌(メス)、向こうにオスがいて、時期がくれば両者を掛け合わせるのは当たり前のことでした。オスは気が荒く、飼うのが難しく農作業に向いていませんので、去勢してしまうか、種馬、種牛として、別個に他の牛、馬とは離して高い柵の中で飼っていました。

種付け料の相場は当時ポニィー、ハックニィーで5ドル、クォーターホースで10ドルでした。ウイルカーおじさんが手綱を持ち、私はデイジーの背に乗り、ローゼンバーグさんの農場へ向かいました。ローゼンバーグさんのところに近づくに従い、デイジーは神経質になり、ウイルカーおじさんが手綱を握っていなければ私は振り落とされていたことでしょう。

デイジーは体の両側と頭の方をコの字に囲まれた丈夫な木枠に入れられ、ハーネスにつながれた手綱は左右両方ともしっかり木枠に結ばれました。デイジーは興奮の頂にあり、そこから逃れようと後ろ足をけり上げ暴れました。

ここから、ちょっとポルノ的?になりますが、田舎で育った者ににとって、家畜や動物が発情し、交尾し、それから妊娠、出産という流れはごく小さいときから目にしている自然の情景です。私もすでに牛や豚、犬の交尾を見ていましたし、それが何を意味するのかも知っていました。とはいうものの、自分のポニィー、目の見えないデイジーが苦痛にあえぐように拷問の台に縛られているのを見るのは身を切られるような思いでした。

私が、デイジーと一緒にローゼンバーグさんのところへ交尾を見に行くことに母は躊躇したそうですが、お祖父さんもお父さんも、「デイジーはグレースの馬だ。何が起こってもすべて見せた方がいい」と、私が同行することを許してくれたと後で知りました。性教育などという言葉さえなかった時代のしかも田舎では、案外こんなかたちでオスとメス(男女といってもいいかしら)の営みを学んだのでしょう。

ローゼンバーグさんと息子のジムがクツワを両方から押さえながらオスのポニィーが馬小屋から引き出されてきました。引き出されたというより、小さなポニィーに二人が引きずられるように飛び出してきたのです。メス馬の匂いを嗅ぎつけたオスはもうサカリきっていました。口から泡を吹き、荒々しい声を喉の奥から絞り出し、小走りにデイジーに襲いかかろうしているのです。そしてなにより驚いたのは、小柄なポニィーに足が5本あると思ったほどに大きなペニスでした。

オスがデイジーに後ろから乗りかかろうしますが、デイジーは後足を蹴り上げ、なかなかそれを許しません。オスはデイジーのタテガミ付近の首に噛み付きさえしました。オスが興奮しすぎていたせいでしょうか、デイジーが初めてだったせいでしょうか、うまく交尾できませんでした。このへんにも、若い男女の(人間のです)教訓が含まれているかもしれませんね。ともかく発情期のオス(男)は見境なく乱暴になるものですから。

デイジーの苦痛を早く終わらせるためでしょうか、ウイルカーおじさんは暴れている2頭の馬の足の下にたくみに上半身を入れ、オスのペニスを掴みデイジーのマトにしっかりとあてがったのでした。

交尾が終わり、帰り道でのデイジーはすっかりおとなしくなり、またもとのやさしい、おっとりとしたデイジーに戻っていました。

ウイルカーおじさんは私に、これからうんざりするほど長いこと待たなければならないこと、デイジーに健康な仔馬を生ませるためには、今まで以上に歩かせること、燕麦とトウモロコシを挽き合わせた暖かいマッシュを毎朝やること、そして私の最大の心配事だった目の不自由な仔馬が生まれる心配はないことなどを朴訥と語ったのでした。

その帰り道で、私は急激に多くの体験をした後の疲れがどっと出て、頭がボーッとして、デイジーの背で揺られながら、眠り込んでしまうほどでした。

-…つづく

 

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焼きあがったビスケット。
今回はショートニング、ラードの代わりに
サラダ油を使ってみました。
これを見たら、中西部のアメリカ人なら
生唾が湧き出てくるはずです。

◆ヴェルマおばあさんの田舎料理 3◆
『ビスケット』

ビスケットは簡単に作れますし、サイズや形だけでなくバリエーションも多く、クリスピーに焼き上げるのもよいし、ふんわりと柔らかく仕上げてもおいしく、自由自在に変化をつけることができます。また、朝食にベーコンや卵焼き、ジャムに合う上、お昼や夕食でもパンの代わりにもなります。そして、いつまでも飽きがきません。

ヴェルマおばあさんのレシピーのビスケットはどちらかと言えば重くしっかりとした焼き上がりのもので、フライドチキンによく合うと思います。

ベイキング パウダー ビスケット
◆材料:
小麦粉  カップ 2杯
ベーキングパウダー  小さじ 3杯
塩  小さじ 1杯
牛乳  カップ 3分の4杯
ショートニング  カップ 3分の4杯
(おばあさんのはラードですが、これは自分のところで豚を処分したときに大量に出た脂身からラードを採っていたせいでしょう。バターでも植物マーガリンでもオリーブオイルでもかまいません)。

1.オーブンを230〜250度に熱しておきます。
2.大きめのボールに小麦粉、ベーキングパウダー、塩を入れ、よくミックスします。
3.ショートニングを加え、よく混ぜます。そこへ牛乳を加え練ります。
4.小麦粉を軽く撒いたまな板の上に練りあがった材料をのせ、手で折り重ねるようにこねますが、20回くらいで充分です。時間にしても30〜40秒くらいかしら。
5.ローラーで(ワインのビンでも同じですが)厚さ1.5センチほどにひきのばします。
6.後は型抜きです。直径5センチくらいが焼きあがりもよいし、食べやすいようです。コップ、空き缶など、そんなサイズのものなら何でも利用できます。
7.オーブンに入れるトレイに油を敷く必要はありません。10〜12分で焼けますが、表面上が黄金色に焼けたらでき上がりです。
ぜひ温かいうちに食べてください。できれば焼きたてが一番です。

 

第6回:私のポニィー その3


 
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