■グレートプレーンズのそよ風 〜アメリカ中西部今昔物語


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:ウイルカーおじさん その1
第2回:ウイルカーおじさん その2
第3回:ウイルカーおじさん その3
第4回:私のポニィー その1
第5回:私のポニィー その2
第6回:私のポニィー その3



■更新予定日:毎週木曜日

第7回:フリッツ その1

更新日2006/04/13

私は歩き始めるやいなや、一人でどこへでも行ってしまう傾向があったようです。ウイルカーおじさんの小屋に始まり、4、5歳の時にはお祖父さんの牧場内ならクリークを渡り、森の中をくまなくさまよい歩き、6、7歳になるとフェンスを乗り越え、お隣の牧場や林まで足を伸ばし、夕食の合図、トライアングルの鐘の音が届かないほど遠くまで行ってしまうことがしばしばありました。夕食に遅れると、キツイお目玉を頂戴することになりますが、そんなことは分かっていても、森や草原を歩いているとついつい遠くまで来てしまうのが常でした。

ある秋の日、お祖父さんとお父さんが屠殺場のある町まで豚を運んでいき、帰ってくるなりお父さんが着ていた着古した農作業用のジャンパーのポケットを指差しながら、「グレース、上着のポケットを触ってごらん」と言いました。

私が軽く突くとポケットの中で何かがもそもそと動きます。ポケットを開けてみたところ、中にハムスターほどの大きさの、やっと目が開いたばかりの子犬がいたのです。耳は垂れ下がり、細い尻尾を後ろ足の間に入れ、すっかりおびえ切っていました。それが『フリッツ』との出会いです。もちろん私が名づけ親です。

森や牧草畑をさまよい、行方が分からなくなる私に犬を付けておけば帰り道に迷うことはないだろうというのがお父さんの目論見だったようです。

お祖父さんの農園にはすでに3匹の犬がいましたが、いずれも番犬で、鶏や子豚を狙って侵入してくる、狐、ラクーン、狼などを寄せ付けないための大型犬でした。私は毛のふさふさした大きな犬が好きでしたが、フリッツは全くその逆で、一週間もすると毛のつやも良くなり、そこら中を走り回って遊ぶようになったものの、毛は長くならず張り付いたように短く、また一向に大きくなりませんでした。ダックスフンドと何かの雑種でしょう、黒茶けたからだに長い耳がダラリと下がり、足が極端に短いだけでなく、体が長く太すぎるからでしようか、内側にゆがんだガニ股でした。

でも、まもなく曲がった短い足も可愛らしく、一つひとつのしぐさどれをとっても、キュートだと思うようになり、私はフリッツが大好きになりました。フリッツも私の行くところへどこにでも付いてくるようになりました。もっともデイジーに乗るときは、最初、私が馬上でフリッツを抱きかかえていましたが、じき長い耳をひらひらと風に翻し、あきれるくらいよく動く短い足を駆使してジャンプし跳ぶように走り回り、デイジーと私についてくるのでした。フリッツはとてもひょうきんな大食漢で、一体あの小さな体のどこに、そんなに食べ物が入るのか不思議なほどでした。よく遊びよく食べるを地でいく犬でした。


フリッツと猫のパッフと。
こんな服を着せられ、こんな靴をはかされるので、
きっと日曜日、教会に行く前に撮ったものでしよう。
小さいときからスカートやドレスが嫌いで、
いつもズボンか短パンにティーシャツで過ごしていました。

フリッツが6ヶ月になり、トレーニングを開始するころあいだと判断したのでしょう、お父さんが薄いカタログのような「犬の躾け方」の本を私に手渡し、夏の4Hクラブ(Hand, Head, Health, Heartの4つの頭文字Hを四葉のクーロバーに見立て、シンボルマークにした主に田舎向けのクラブ) の競技会までにフリッツを訓練し出場するように言ったのです。

フリッツを躾けることは不可能への挑戦でした。フリッツは私を同僚とみなしているようで、餌を与えているご主人とは思っていなかったのです。第一、ひと時もじっとしていません。常に落ち着きなく動き回り、私の命令なぞ聞くものではありませんでした。

そんな私を遠くから見ていたウイルカーおじさんが、「グレース、フリッツに餌をやりすぎてはだめだよ、満腹の動物は人間の言うことをきかないのだよ。犬はトレーニングされ、お前の命令どおりに動くのをとても喜ぶものだよ。」と助け船を出してくれました。私のおやつの半分をいつでもフリッツの上げるのをやめること、フリッツがうまく一つの動作ができるようになったときに初めてほんの一口分のご褒美をあげることなどを教えてくれたのです。

お手、お預け、お座りができるようになりましたが、その後、私が呼ぶまでひとところでじっと待っている、"ステイ"(待て)はとても大変でした。フリッツは常に私のそばに居たがるからです。そこでもまたウイルカーおじさんがフリッツを抑えていてくれ、私が「フリッツ!」と呼ぶと同時に放す、という訓練を際限なく繰り返してくれました。実際、動物のトレーニングは人間との根競べですね。

ステイが出来るようになってからは、"ストップ アンド ゴー"、"ヒール"(いつも私のかかとのところを歩き、それより前に出ない)など次々とレパートリーが広がっていきました。もっともそれはフリッツの気分が良く、やる気になった時に限られてはいましたが。

田舎に住む人たちにとって4Hクラブのフェアーは夏の一番大きなイベントです。たくさんの屋台が出る上、お百姓さん自慢の牛や豚の品評会だけでなく、お料理やクッキー、ジャムのコンテストもあり、それはにぎやかなものです。私たちも毎年必ず、一家総出で馬車に乗り4Hクラブのフェアーに出かけたものです。

犬の競技場に行って驚いたことに、どの犬もまるで化粧をしているかのように綺麗なことでした。シャンプーしたばかりのようなプードル、アフガン、コリーやラブラドール、ゴールデンリトリバー、いかにも賢そうな牧羊犬、強そうなシェパードなど、どの犬もわが身の美しさを誇るかのように悠然としているのです。

それに引き換え、私のフリッツは得体の知れない雑種で、姿かたちにも毅然としたとろが一つもありません。可愛らしいと思うのは私だけのようでした。競技が始まると、どの犬も鮮やかに軽々とトレーニングの結果を披露しているのです。そして、いよいよ私とフリッツの番になりました。

-…つづく


 

第8回:フリッツ その2


 
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