■グレートプレーンズのそよ風 〜アメリカ中西部今昔物語


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:ウイルカーおじさん その1
第2回:ウイルカーおじさん その2
第3回:ウイルカーおじさん その3
第4回:私のポニィー その1
第5回:私のポニィー その2
第6回:私のポニィー その3
第7回:フリッツ その1
第8回:フリッツ その2



■更新予定日:毎週木曜日

第9回:フリッツ その3

更新日2006/04/27

4Hクラブのフェアーから帰った後、私はフリッツにもう一度訓練の復習をさせました。なんとフリッツはまるで名犬のように私の指示にやすやすと、嬉々として従ったのです。ですが、私はニ度とフリッツを4Hクラブの競技会には連れて行きませんでしたし、それ以上のトレーニングをフリッツにさせませんでした。

そのとき、弟のトミーと妹のローリーが私の後を付いてくる年になっていたので、私は6、7歳になっていたはずです。ニ人は私の行くところどこにでも付いてきたがり、私が森や刈り入れ前の私自身が隠れるほど高く茂った牧草畑を歩き回るとき、フリッツが先頭、そして私、弟、まだ小さな妹が一番遅れて付いてくるのでした。

牧草は気候に左右されますが、年に2回から3回刈り取ります。ゆるやかな南斜面の牧草地を持つお隣のクルツさんのところはすでに牧草は刈り取られ、束ねられた牧草がそこここに置かれたままになっていました。クルツさんのところも私の行動範囲に入れていたので、フェンスをかいくぐり、刈り取ったいい匂いのする、広々とした牧草畑に出ました。転んでばかりいる妹のローリーを助け起こしたりしましたが、ローリーは遅れがちでしたが、懸命に付いてきました。

一足先に私はお気に入りの場所、柔らかにうねる草原を見渡せる高台に着いたとき、50メートルくらいでしょうか、遅れていたローリーの泣き叫ぶ声が聞こえてきたのです。見ると大きな角を持った牡牛が首をさげローリーに向かって突進してくるところでした。

私は、「ローリー、逃げて! 早く逃げて!」と叫びながら、ローリーに向かって駆け出しました。私にどうやってローリーを牡牛から救うか算段があったわけではありません。ただ夢中でローリーの方に向かって行っただけです。トミーはまだ何が起こっているのか分からないようでした。

前に書きましたが、オスの動物、牛、馬、豚などの家畜は年頃になり、発情すると気が違ったように攻撃的になります。お百姓さんも決してオスをメスを近づけないよう、別の小屋、別の柵の中に閉じ込めるようにして飼います。そうでなければ、生まれると同時に去勢してしまいます。子供たちはオスに近づくことは厳しく禁止され、大人でも細心の注意を払って世話をします。ただ、どうしてなのかクルツさんの牡牛が、牧草畑に放たれていたのです。

私が10メートルも走らないうちに、茶色い砲弾と言っても大げさではないと思いますが、まさに弾丸のようにフリッツが私の脇をすり抜け牡牛に突進していったのです。私はフリッツが角に掛かって死んでしまうと思いました。しかし、フリッツは牡牛に吠え掛かり、牡牛がフリッツの方に首を向けると独楽鼠のように体をかわし、また吠え掛かり、巨大な牡牛を相手と互角以上に戦っているのです。

競技会では緊張のあまり私の足にオシッコをしてしまうようなフリッツのどこにそんな勇気があったでしょう。フリッツは牡牛を翻弄し、牡牛の注意はローリーから逸れ、やたら吠えまくりチョコマカ動き回るちっぽけな犬の方に向いたのです。

泣きそびれて、動きの取れないローリーを抱きかかえ、一番近くのフェンスまで走りました。どのくらい距離があったでしょうか、きっと30メートルくらいだったとは思いますが、とても長い時間に感じました。よく夢の中で一生懸命走ろうとして、足を全速力で回転させているのに、一向に前に進まないのに似ています。途中でトミーが私たちを追い抜き、すでにフェンスの向こう側へと走り抜けていきました。

ようやくフェンスをかい潜り、振り返ると牡牛はうるさく付きまとうフリッツにうんざりしたかのように、来た方へと軽いギャロップで逃げていくところでした。フリッツはいかにも自分がこの猛獣を追い立てているんだぞ、とばかりに牡牛のお尻に吠え付いていました。

私たちが家に帰ると、フリッツはまるで何事もなかったように、あんたたちどこ行っていたのといった表情で先回りして迎えてくれたのです。私たちはフリッツを代わるがわる抱き上げ、頭をなで、キスし、「フリッツ、命の恩人(ではなく恩犬ですが)だ!」と大騒ぎをしました。

それから間もなくのことでしたが、突然フリッツは亡くなってしまいました。食い意地がフリッツを殺してしまったのです。農家では馬の爪を定期的に削り取りますが、その爪を集めておいて年一度回ってくる"ニカワ"屋さんに売ります。フリッツは馬の爪がたっぷり入った袋を見つけ、豪華な正餐に及んだのでした。

馬の爪が犬族にとってそれほどのご馳走だとは知りませんでした。毎朝、私が母屋から出るのを待ちくたびれるように必ずポーチで待っているフリッツがその朝はいませんでした。学校に行く前の仕事を終え、朝ごはんのテーブルについたとき、お父さんがフリッツがお腹を風船のように膨らませて死んでいたことを伝えました。

私は急に喉元が締め付けられたようになり、朝ごはんが喉を通らなくなり、火が付いたように泣き出しながらフリッツが横たわっている納屋へ飛んで行きました。馬の爪が散乱した中で、フリッツは自分の吐いた白いドロドロしたもののなかに顔半分を漬けるようにして硬くなっていたのです。

学校から帰って、フリッツのお葬式をしました。クリークが流れる牧場の一角にある私たちの私設動物墓地に小さな石を立て墓標にし、私は幼い字で、『最も勇敢な犬フリッツここに眠る。グレース、トミー、ローリーの命の恩人』と書きました。

私たちが牧場を離れるまで、恐らく20匹以上の犬を飼ったことになるでしょう。どの犬も忘れられませんが、フリッツは一緒に過ごした期間が短かったにもかかわらず、一番思い出に残る犬でした。トミー、ローリーと3人集まると必ずフリッツの話が出るのです。

フリッツは、私たちの命を救うためだけに、使わされてきたのではないかと思うことがあります。


丁度、イースターでしたが、
恒例の卵探しをしているところです。
家族、親戚が集まってポークハム、グリーンビーンズ、
ジャガイモとチーズをオーブンで焼いた
田舎風いもグラタンが定番料理です。
子供たちは色の付いたゆで卵だけでなく、
この時とばかりにキャンディー、クッキーなどの
甘いものにふんだんにありつけるのです。

-…つづく

 

第10回:カントリースクール その1


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