第15回:ジプシーの幌馬車更新日2006/06/08
学校に上る前の春のことだったと思います。
幌をかけた馬車がこちらへやってくるのを一番先に見つけたのは私でした。誰かがお祖父さんの農場を訪れるのはめったにないことですし、あっても馬車を仕立ててくることなどまずないことでした。お祖父さんの犬たちはもう盛んに吠え立て、馬車の回りをグルグル回っていましたが、馬車は犬どもが目に入らないかのように悠然と進んできました。
その幌馬車は近くのお百姓さんのものと異なり、今まで見たことのない形のものでした。一頭のミュール(馬とロバの掛け合わせ)に引かせるには大きすぎる馬車に、汚れてたくさんつぎをあてた幌をかけていたうえ、外側にバケツやフライパンなどの台所用品をぶら下げ、後ろには馬車と同じくらい疲れ切った哀しげなロバが一頭つながれていました。
私は家に駆け込み、奇妙な幌馬車がやってきたことをお母さんとヴェルマおばあさんに伝えました。お祖父さんたちは畑に出ていたので、家には弟のトミー、ローリー、まだ赤ちゃんのロビンそれにおばあさんとお母さんの女子供しかいませんでした。
おばあさんは玄関先のポーチに出てその幌馬車がやってくるのを見守っていましたが、おばあさんの全身から緊張感が吹き出て、長いスカートのかげに隠れるようにしていた私にも、おばあさんのピリピリした神経が伝わってくるほどでした。
幌馬車は玄関先に止まり、御者台からホコリにまみれ、もう何日も髭をあたっていない男の人が降りてきました。それと同時に幌の中から、手品のように子供たちが大勢、何人いたかはっきり覚えていませんが、6、7人はいたでしょう、這い出てきたのです。
母親らしき人は両手に乳飲み子を抱えていました。私はこれほど惨めな人たちをそれまで見たことがありませんでした。母親も子供たちも汚れ切っていましたし、最後に髪を梳いてから何ヵ月も経っていたのでしょう、ほつれてべとついた髪が顔にかかるままになっていました。
しかし、何よりも強い印象を受けたのは、深くて暗い目でした。笑い、感動し喜びに輝くことを忘れてしまったかのような目なのです。子供でありながらすでに年老い、毛穴のすべてに絶望がしみこんだ大人の目なのです。そんな目、十数個にじっと私は見つめられ、金縛りにでもあったように身動きできませんでした。
男の人はヴェルマおばあさんに丁寧に挨拶し、コロラド州の親類に不幸があり、そこへ向かっているのだが、なにぶんにも子沢山で食べ物もなくなり難儀している、何か食べ物と、飼い葉を分けてもらえないだろうか、というような意味のことを、すでに何度も繰り返し述べてきた切り口上のように言いました。
おばあさんは焼きたてのパン、牛乳、自家製のジャムとビン詰めのグリーンビーンズやトマト、それに飼い葉を与えました。おばあさんはスカートにしがみついていた私の手をほどくと、私に家の中に入ってクッキーを持ってきて、皆にあげるよう言いつけました。
私は大きなブリキの缶のクッキージャーを家から持ち出し、恐るおそるでしたが子供たちに差し出しました。上の大きな子が広口の缶の中に手を突っ込み一枚のクッキーを掴み取ると、それが何かの合図であったかのように、全員我も我もと缶に手を入れクッキーを奪い合ったのです。その間、一言の言葉も口から出ませんでした。
飼い葉や食べ物を積み終えると、男の人は、神様のご加護がありますようにと丁寧に何度何度も述べ、また来た道を引き返していきました。
夕食後、隣のローゼンバーグさんが馬に乗ってやってきました。ジプシーの家族が川辺にキャンプしていたが、彼の鶏と卵を盗んだのでライフルで脅かし、今彼らを追い出してきたところだ、ここでも何か盗まれなかったか、と言ってきたのです。
お祖父さんの鶏も何羽かいなくなっていましたし、卵はきれいさっぱり全部消えていました。それにしても、鶏に鳴き声をあげさせず、犬にも吠えつかれず、どうやって鶏を持ち去ることができたのでしょうか。お祖父さんに言わせれば、ジプシーは狼も手なずけることができるそうですが…。
家族の皆が、食べ物や飼い葉をあげたのに、さらに盗むとは…と憤っている中、「よほどおなかをすかしていたんだねー」とウイルカーおじさんがポツリと言いました。

これはジプシーの馬車ではありません。
恐らく私たち家族が教会に行くときに撮ったものだと思います。
-…つづく
第16回:夏休み その1

