■グレートプレーンズのそよ風 〜アメリカ中西部今昔物語


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:ウイルカーおじさん その1
第2回:ウイルカーおじさん その2
第3回:ウイルカーおじさん その3
第4回:私のポニィー その1
第5回:私のポニィー その2
第6回:私のポニィー その3
第7回:フリッツ その1
第8回:フリッツ その2
第9回:フリッツ その3
第10回:カントリースクール その1
第11回:カントリースクール その2
第12回:カントリースクール その3
第13
回:カントリースクール その4
第14回:春の訪れ
第15回:ジプシーの幌馬車



■更新予定日:毎週木曜日

第16回:夏休み その1

更新日2006/06/15


アメリカの学校の夏休みが長いことはよく知れ渡っていますが、もともと田舎の生活で夏の人手不足を補うため、家族全員で働くように長く取ったと言われています。農繁期の田植え、稲刈り休校のようなものです。

現在、農業人口が多いアメリカ中西部でさえ実際に農業に携わっている人は微々たるものでしょうけど、大型休暇の習慣だけは残り、学校は5月の中ごろから8月末までお休みになります。

私たちはよく働きました。オーバーラップする部分もかなりありましたが、男と女の仕事のラインが割りにはっきりとしていました。菜園、果樹園と鶏の世話と家の中での洗濯、料理は女性の仕事で、牛や豚の世話、牧草畑、トウモロコシ畑などの外での仕事は男性と色分けされていました。

そんなことは今の主婦でもやっていることではないかと思うかも知れませんが、菜園で収穫したトマトを洗い、ヘタをもぎ、熱湯に通して皮をむき、適当な大きさに切り、自家製の瓶詰めを1年分作るとなると大変な仕事でした。

今、ヴェルマおばあさんのノートを見ると、トマトピューレの瓶詰め(2パイントの瓶=約1リットル瓶)を250個毎年作っていました。グリーンビーンズはさらに大変でした。ポーチに持ち出されたテーブルに山と積まれたグリーンビーンズのヘタとスジをとるのですが、無限大に挑むかのように、アリが山を崩す心境でした。

おばあさん、おかあさん、それに私がテーブルを囲み、おしゃべりをしながら、一週間ほどかかりきりでした。おばあさんやお母さんの手は皮が厚くなり、丈夫なお百姓さん手になっていましたが、まだ子供だった私は指先が痛くなり、感覚がなくなるほどでした。

でも、そんな風におばあさん、お母さんとポーチで過ごした時間が今ではとても貴重なものに思えます。もっとも当時はそんな仕事は嫌でたまらず、畑で男性の仕事をするほうがどれだけ楽しいことかと思っていましたが…。それから、グリーンビーズを洗い、茹でて、瓶に詰め、圧力鍋に瓶ごと入れて熱を加え蓋を密閉させます。

そんな瓶詰めの保存食作りは、夏の終わりにはとても忙しくなります。早い時期には、イチゴジャム、ブルーベリーやブラックベリーのジャム、きゅうりのデルピクルス、プラムジャム、モモや梨の瓶詰め、りんごジャム(Apple Butterと呼んでいますが日本のジャムと変わりありません)などを長い冬のために作りますが、いずれも半端な量ではありません。

おばあさんは毎年何をどれだけ作ったかを克明に書きとめています。それによると、りんごジャムは1パイント瓶(約500cc)に120本、グリーンビーンズは2パイント瓶に200本、ピクルスは2パイント瓶に130本仕込んでいました。

火と熱湯を使う作業になると、幼い私は解放され、デイジー、ヘザー、フリッツと一緒に森へ行き遊んだものでした。私は森や野原が大好きでしたが、身をもって何が危険な植物、動物、昆虫であるかを学ばなければなりませんでした。

幸いミズリー州のこの界隈にいる2種類の毒蛇、ガラガラヘビとウォーターマカシンに咬まれる体験はしなくて済みましたが(この2種類の蛇のことは、口うるさく何度となく注意され、図鑑で教えられました)、毒のないブラックスネークには、クリークの水際で右手をパクリとやられたことがあります。30センチくらいの細い蛇でしたが、私が悲鳴を上げ、いくら手を振り回しても放そうとしないのです。痛さよりもショックで半狂乱になり、手に喰いついた蛇と一緒に家に駆け戻りました。

おばあさんは平然と蛇の顎の部分を両方から指で押し(そうすると、蛇の顎の骨が外れるのだそうです)、口をより大きく開かせ、いとも容易に外したのです。

ところが私の手には何十本もの(私には、何百本にも思えましたが)細い針のような歯が刺さったままでした。ピンセットで魚の小骨のような蛇の歯を抜いてもらい、マーキュロを塗ってもらうと、それが自慢できる勲章のように思え、新学期が始まったら皆に傷跡を見せてやろうともくろんでいましたが、一週間もするとマーキュロの赤い色が消えるよりも早く、小さな歯の跡は消えてしまいました。


戦争ごっこで負傷兵の真似をしています。
第二次大戦の最中に撮られたものでしょう。

-…つづく

 

 

第17回:夏休み その2


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