第23回:アウトハウスの思い出更新日2006/08/03
私が育った環境を話すときに、どうしても避けて通ることができないコトがあります。トイレです。今回は当時のトイレ、「アウトハウス」談にウンチクを傾けることにします。
ヴェルサイユ宮殿にトイレがなかったと言われていますが、私の育ったアメリカ中西部の田舎にはちゃんとトイレがありました。アウトハウス(Outhouse)と呼び、文字通り母屋から離れた、臭いの届かないくらいの距離を置いて建てられた独立した建物です。もちろん汲み取り式です。地面に大きな穴を掘り、その上に1.5メートル四方ほどの狭く背の高い小屋を建て厠としました。中には椅子のようなベンチがあり、そこに丸い穴が開いています。
もう30年以上前になりますが、初めて日本に住んだとき、古い家を借りたことがあります。その家のトイレは水洗ではなく、まだ古いタイプの汲み取り式でしたが、子供の頃から同じようなトイレで鍛えられた私は少しも苦になりませんでした。しかし、訪れた友人たち、外人より、むしろ日本人の方が余計驚き、こんなところによく住んでいると、あきれられたものでした。

これがごく一般的なアウトハウスです。
ドアがなくなっていますが、もちろん普通はドアがついています。
アウトハウスの問題は冬と夜です。最悪なのは冬の夜です。お祖父さんのアウトハウスは母屋から20メートルほど、ゆるやかな坂を下ったエルムの大木の木陰にありました。夏の間は強烈な臭気を我慢しさえすればそれなりに用が済みますが、冬は臭気こそ収まるものの、凍てつく外に出て30メートルほどの氷った坂道を歩き、冷たい隙間風の入り込むアウトハウスの冷え切ったベンチに座り、下から吹き上げてくる冷え切った空気にお尻をさらすのはとても大きな決断のいる作業でした。
寒さだけなく、エルムの木陰やアウトハウスの中にお化けが隠れていそうでとても恐ろしく、夜アウトハウスに行くときは、弟のトミーや妹のローリー、ロビンと隊列を組んで出かけたものです。とりわけ怖がりのローリーは夜一人でアウトハウスに行くことができず、姉の私に一緒に付いて行ってとせがむのです。
私も恐ろしいことに変わりはないのですが、そこは長女の貫禄で、しょうがないから付いて行ってあげるといった態度で灯油のランプをぶら下げ、大声で歌を歌いながらアウトハウスへと降りていったものです。
さて、話は繊細で微妙なところに差し掛かってきました。お父さんの時代まではお尻を拭くのに、トウモロコシの芯(corn
huskと言います。トウモロコシを乾燥させ実を採った後の円筒状の芯)を使っていて、使用前のトウモロコシの芯を入れる箱と、使用済みのを入れるバケツがあり、使用済みのものは豚の餌にしたそうです。溜まった排泄物はもちろん堆肥として使用していました。
私の時代にはトウモロコシの芯に代わってシアーズローバックのカタログを使うのが常識になっていました。まだ印刷物、新聞やダイレクトメールなどが大量に郵送される以前でしたから、普通の田舎の家にある紙といえば、聖書とシアーズローバックのカタログくらいしかなかったのでしょう。
この2種類の紙のどちらかをトイレで使うとなれば、自ずから答えは決まってきます。シアーズローバックの通信販売はアメリカの消費文化に大きな影響を与えましたが、田舎のトイレ文化においても、トウモロコシの芯からトイレットペーパーへの移行過程で重要な役割を果たしていたのです。

鉱山のゴーストタウンで見つけたアウトハウス。
四角く煙突のように見えるのは臭気抜きです。
このアウトハウスはとても立派で、
母屋から回廊で繋がっていました。
きっと標高3,000メートルほどの鉱山なので
冬の雪と寒さのためでしょう。

便座。内部はお祖父さんの所とほぼ同様です。
もっともアウトハウスのインテリアには
変化のつけようがありませんが…。
実はアウトハウスの写真を撮るのにとても苦労しました。田舎に行けばアウトハウスなどどこにでも簡単に見つかるだろうと思っていたところ、それが残っていないのです。お祖父さんの古い家は人手に渡り、いまだに使われていますが、アウトハウスは遠の昔に取り払われています。家を改築するとき、整地するとき、一番先に取り壊すのがアウトハウスです。
100年以上経つ古く、よく保存されている納屋、牛舎、牧舎を中西部で見つけるのは難しいことではありませんが、汚くて臭いアウトハウスはすっかり姿を消してしまったようです。山を歩いていたときに廃坑になった鉄鉱石の鉱山を見つけました。小さなゴーストタウンです。そこにまだアウトハウスが残っていたのです。
-…つづく
第24回:収穫の秋

