第25回:生活の変化更新日2006/08/17
私が教えている大学生に、あなたたちの生活に一番大きな変化をもたらしたものはなんですか、と何かの話のついでに尋ねたことがあります。半数以上が携帯電話、残りの半数がインターネットという答えが返ってきました。
私の質問の仕方が悪かったのでしようか、それともまだ19〜22歳の若者には"生活"という観念がないのでしょうか、携帯電話やインターネットにしろ、確かに便利な道具ですが、それがなければ生活に困るというものではないと思うのですが…。
私の半生で一番大きな影響を生活及ぼしたのは、何といっても電気です。町には以前から電気が来ていましたが、何年も遅れてやっとお祖父さんが自分で建てた小屋(私たちの家ですが)に初めて電気がきたのです。なんという明るさでしょう。まるで家の中に太陽を持ち込んだかのように部屋の隅々を煌々と照らし出したのです。
それまでは灯油のランプを使っていました。ランプのクリスタル(ホヤ)を磨き、灯油をいつも満杯にしておくのは私の仕事になっていました。食卓の上に吊り下げたもの、台所(居間の一部ですが)に一個、長椅子とロッキングチェアの間の小さなコーヒーテーブルに一個、ドアにはアウトハウスへぶら下げていくためのランプ、二つある寝室に一個づつと家全体で6、7個のランプを使っていました。
ランプの光は温かみがあり、限られた範囲だけを柔らかく照らし出し、ゆれる深い影をそこここに落とします。ランプの置く位置をいくら工夫しても、淀んだ闇が必ずどこかに残ります。ゆらぐ影が幻想的で、丁度明かりをすべて消して暖炉の前にいるような安らぎを与えてくれたものです。
もう一つ、ランプが放つ強烈な熱のことも忘れるわけにはいきません。春先や秋口にはランプを灯すだけで部屋が暖かくなりますが、ただでさえ蒸し暑く、空気がピタリと静止したようなミズウーリーの夏の夜に、ランプの暖房はいりません。涼を求め、陽が沈み暗くなるまでポーチで過ごすのが常でした。
電気が来た当初、お祖父さんやウイルカーおじさんは、電灯は明るすぎて落ち着かないと言い、ヴェルマーおばあさんは部屋の汚れが目立ちすぎるなどと言っていたものです。初めは眩しいほどに感じた電灯の明るさにもすぐ慣れ、秋の夜長に本を読めるようになったことも当たり前のこととして受け入れるようになりました。もっとも電灯の下で長い間本を読むと目を悪くするとおばあさんから何度も叱られましたが、ただ電気代を節約したかっただけのことかもしれません。私の視力はいまだに2.0です。
いくばくも経たないうちにお祖父さんはその時でさえ時代物の、丸いズンドウ型の洗濯機をどこからか運んできました。それまでは大きな金盥(カナダライ)に軒下の雨水を溜め(井戸水より雨水の方が泡立ちがよく汚れがよく落ちます)洗濯板を使って洗濯していましたが、これからは機械がしてくれるのです。まだバケツで水を継ぎ足さなければならないシロモノでしたが、おばあさんにとって一番役に立つ道具は洗濯機になりました。
そして、冷蔵庫が侵入してきました。これも救世軍の古道具屋か教会のチャリティセールで買ってきた大中古で、スイッチが切れモーターが止まるときにブルブルと家を揺さぶるように震えましたが、ともかくいつも冷たい飲み物が飲め、氷ができるようになったのです。
当時、よく停電になりました。そんな時ランプを灯すとその暗さに驚かされました。よくこんな暗い夜を過ごしていたものかとあきれるほどでした。
お祖父さんにとっての大改革はトラクターです。しかし最後までよく訓練された馬のように、掛け声でゴー、ストップするトラクターができないものかと言っていましたが…。

ヴェルマーおばあさんが結婚した時に
お嫁入り道具として持って来たスプーンです。
ステンレスが出回る以前のもので、裏にSterling
Silver
(純度92.5%の銀のことをそう呼ぶようです)
M.Jaccard & CO, 1889と刻印されています。
-…つづく
第26回:お祖父さんの死

