■グレートプレーンズのそよ風 〜アメリカ中西部今昔物語


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:ウイルカーおじさん その1
第2回:ウイルカーおじさん その2
第3回:ウイルカーおじさん その3
第4回:私のポニィー その1
第5回:私のポニィー その2
第6回:私のポニィー その3
第7回:フリッツ その1
第8回:フリッツ その2
第9回:フリッツ その3
第10回:カントリースクール その1
第11回:カントリースクール その2
第12回:カントリースクール その3
第13
回:カントリースクール その4
第14回:春の訪れ
第15回:ジプシーの幌馬車
第16回:夏休み その1
第17回:夏休み その2
第18回:夏休み その3
第19回:ニワトリ泥棒
第20回:家系の話 その1
第21回:家系の話 その2
第22回:家系の話 その3
第23回:アウトハウスの思い出
第24回:収穫の秋
第25回:生活の変化
第26回:お祖父さんの死



■更新予定日:毎週木曜日

第27回:ウイルカーおじさんの思い出  その1

更新日2006/08/31

お祖父さんがサイロから落ちて首の骨を折り、農園を売らなければならなくなりました。そのとき牧場を売ったお金から、ヴェルマーおばあさんはウイルカーおじさんが養老院に入る費用を払ってあげたようです。そして、お祖父さんは首を固定されたまま、農園に帰ることなく病院で亡くなりました。

農地を売り、農機具を買い取ってもらい、動物たちもそれぞれオークションで売り払い、郊外の団地に引っ越すことは、おばあさん、それにウイルカーおじさんにとってどんなに辛いことだったでしょう。しかしながら、ティーンエイジャーだった私には彼らの苦しみを何分の一も理解することができませんでした。

デイジーとヘザーはローゼンバーグさんのところに引き取られて行き、悲しい思いをして泣きはしたものの、ローゼンバーグさんのところならいつでも会いに行けると自分を納得させたのです。農家のつらい労働より大きな町の大きな学校の方に、水道、電気のある町の生活の方に気持ちが移っていたのかもしれません。

ウイルカーおじさんが老人ホームに入るとき、茶色の使い古したティーポットを「ワシのお母さんが、イギリスからもってきたものだよ」とはにかむように言い、私にプレゼントしてくれました。自分にはこんなものしか、Good Little Graceにあげるものがないことを恥じているかのようでした。


ウイルカーおじさんのティーポット

そのティーポットは、私が物心付いたときからウイルカーおじさんの小屋のテーブルの上にあり、おじさんがミルクがたっぷり入った紅茶を淹れるのに使っていたものです。とても磁器とは呼べない、もろい陶器のポットで何の花でしょうか、白と水色の玉が大きさを違えて花のようにあるいは実のように散っています。私も、毎日このティーポットで紅茶を入れ楽しんでいます。こんなシリーズの記事を書く気になったのは、毎日使っているウイルカーおじさんのティーポットが話しかけてくるような気がしたからです。

お祖父さんが亡くなり、ウイルカーおじさんが老人ホームに行くと決まったとき、いきなり植物の根を切って植え替えるようなことは不可能に思え、そんなところに入ったら、おじさんはすぐにも死んでしまうという、強い啓示にも似た感慨が沸いてきたのを覚えています。ウイルカーおじさんは生涯を土とともに生きてきたのです。
 
私は17歳の秋にはじめて家を離れ、遥か北のミシガン州の大学で学ぶことになりました。お祖父さんの牧場はそのときすでに人手に渡って数年は経っていたと思います。そして初めての帰郷、しかもクリスマスを過ごすため、家族の待つ家に帰るのは何と大きな楽しみだったことでしょう。

その冬休みの間、私はお祖父さんが残していったギアの入りにくいピックアップトラックを運転して、ウイルカーおじさんに会いに行きました。ウイルカーおじさんがいる養老院は、カンサスシティーの郊外で森や牧場に移り変わる境目のようなところにあり、平たく大きく広がったファームハウスのような建物でした。貧しい人たちのために教会が運営している施設でした。

暖房の効きすぎたホールは、なんという匂いでしょうか、老人独特のムッとするような臭気がすべての空間、壁、ソファーに染み付いていました。ホールの片隅にはクリスマスツリーが飾られ、壁はそれぞれの孫からのクリスマスカードが貼られ、赤と緑のモールで飾られていました。

ウイルカーおじさんは、老人たちと小さなテーブルを囲んでドミノかなにかのゲームをしているところでした。私が「ウイルカーおじさん!」と声をかけると、おじさんは驚きと喜びの目で、「オオ、My Good little Grace!」と椅子から立ち上がり、私をゴツゴツした大きな手でしっかりと抱きしめてくれたのです。しかし、手こそお百姓さんのものでしたが、体は肉が削げ落ちたように痩せ細っていました。

養老院から許可をもらい、私はウイルカーおじさんを懐かしい農場へのドライブに誘い出しました。2時間半ばかりの道のりに、おじさんは私の学校のこと、家族のこと、友達のことなど、ポツリポツリと尋ねては、深くうなずき私の肩を軽くたたき、「グレースはきっと偉くなるよ。 しっかり勉強しているかい?」と、まるで私が5、6歳の子供のように言うのでした。

農場へのわき道に入ってすぐに、アレッ、これは何かが全く違う、デイジーを散歩させ、ヘザーが跳ぶような歩き方で付いてきた牧草畑ではない、という予感めいた感覚が私をとらえました。

車を進め、大きくカーブしてウイルカーおじさんの小屋が見えるはずのところに出てきてましたが、突然現れたのは巨大なブルトーザーが大地を削っている情景でした。ウイルカーおじさんの小屋のあったところは、小屋の影も形もなく、大きなヒッコリーの木立は切り倒され、整地されていました。そこに大きなゴミの処理場を建てていたのです。

-…つづく

 

第28回:ウイルカーおじさんの思い出  その2<最終回>


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