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■現代語訳『枕草子』
  ~清少納言の『枕草子』を表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳
更新日2015/03/19



枕草子  第三回

その三  正 月 (続き)


 宮廷の女官たちの位が改まる女叙位(にょじょい)の式が行われ、貴いお方の子女が絹の布などを賜る女王禄(おうろく)の儀が行われる八日には、そういう方々が、喜び勇んで走らせる車の音が、ひときわ高く聞こえて面白い。

 もち粥のお膳をいただく節供(せちく)を終えたあと、みんなで、それでお尻を打てば子どもが産まれると言われている、お粥を炊いた木切れを後ろ手に隠し持って、位の高い女房の御達おだちさまがたがようすを見守るなかを、うっかり打たれたりなどしないよう、それぞれが後に気を配っていたりするようすが、なんだかとても面白い。

 なのにどうしたことか、お尻を打たれてしまったりする子がいたりするのが面白く、そんなようすがいかにも絵になって目をひき、きゃあきゃあと、大きな声を上げて笑い合ったりもするので、打たれた子が、悔しく思うのは当たり前。

 新たに通って来るようになった婿君を、宮中にご案内するのが待ち遠しくて、いまかいまかと待っておられる姫君の後を、自分こそが打とうと、一人の女房が何気なくようすを覗き込んだりなどして、そわそわしながら奥の方でひそんでいるのを、その前を通った人が気付いて思わず笑い、シーッ、そんなに騒がないでよと、そっと言って制したりするのに、お姫さまの方はそれさえ気付かず、ぼんやりおっとりとしておられたりするのも面白い。

 そこで女房が、ここにある物をお渡しいたしますね、などと言いながら走り寄って後ろを打てば、そこにいた人たちみんなが大笑い。そばにいた男君もつい微笑んだりなどするけれど、姫さまはそれほど驚くようすを見せず、それでも、顔が少しポッと赤くなったりするのが、とっても可愛い。

 そんなふうに、たがいに打ち合いっこをして、なかには、男の方さえも打ったりする人がいたりもするのは、一体、どういうおつもりでしょう。かとおもえば、打たれて泣き出したり、腹を立てて人に恨み言を言ったりする人がいたりするのも面白い。いつもはちゃんとしていなくてはならない貴い宮中だけれども、今日ばかりは、堅苦しいことはなしにして、みんなで乱れて大騒ぎ。

 また正月には、新たにお役目が任じられる除目(じもく)も行われ、そのときの宮中の内裏のようすも、これまた大変面白い。雪が降って、水が凍ったりするような寒い日に、就かせてもらいたいお役目をお願いしようと、あらかじめしたためてきた申文(もうしぶみ)を持って、四位や五位の、心持ちのしっかりした若いお方が、急ぎ歩くようすなども、なんだか妙に頼もしくて、なんだか爽やか。

 でも、老いて白髪頭になった方までもが、誰かに口をきいてもらって、宮中にお部屋を持つ女房の(つぼね)のところに行き、自分がどれだけ賢くてどんな役にたつかなどを、一生懸命に話したりもする。けれど、そんなようすをまねて、おつきの若い女子(おなご)たちが影で笑いながらからかっていることなど、老人は知るはずもなくて、くれぐれも陛下によろしく申しあげて下され、皇太子さまにも、どうぞよろしくお伝えくだされ、などと一生懸命に言っておられる。

 それが功を奏して、良い役職を得られればいいけれど、もしそうならなかったら、なんと哀れなことでしょう。_

 

 

※文中の色文字清少納言が用いた用語をそのまま用いています。

 


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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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詩人、ヴィジョンアーキテクト。言葉、視覚芸術、建築、音楽の、四つの表現空間を舞台に、多彩で複合的なクリエイティヴ・表現活動を自在 に繰り広げる現代のルネサンスマン。著書として『アトランティス・ ロック大陸』『鏡の向こうのつづれ織り』『空間構想事始』『ドレの神 曲』など。スペースワークスとして『東京銀座資生堂ビル』『LA ZONA Kawakasi Plaza』『レストランikra』などがある。
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