枕草子 第八回
その八の二 おなじ局に
同じ局(つぼね)で寝泊まりする若い女官たちは、世間知らずなので、眠たくなったからといってみんな寝てしまった。ただ、私たちの眠る部屋は、東側の館と対になった西側の庇(ひさし)の間で、北側の館とつながっていて、その北側の館との境の障子戸に、掛け金がなかったのだけれども、それを特には気にせずに寝てしまったのがいけなかった。
夜になると、勝手知ったる家の主人の生昌が、あろうことか北の障子を開けて、なにやらあやしげな、妙にかすれた感じの悪い大きな声で、入っていいかな? いいかな? と何度も言う。驚いて見れば、几帳の後ろに立ててある燈台の光に照されて顔がハッキリ見える。
それが障子を五寸ほど開けて、いいかな、いいよね、などと何度も言ったりして、ほんとにもう、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。そんな色狂いみたいなことは、いくらなんでも普段はしないとは思うのだけれども、もしかしたら、中宮さまが自分の家においでになったということで、舞い上がってしまったのだとしたら、ほんと、笑うしかない。
あんまりおかしくて、側にいた人を揺り起して、ほらご覧なさまし。あんなにお顔が丸見えですよ、と言えば、みんな、どれどれとばかりに体を起して覗き込んで大笑い。
どなたです。若い女ばかりがいる部屋に夜這いをしてくるなんて一体どういうことです、と私が言うと、ちがいますちがいます、私はただ、このお部屋の主であられるあなたさまと、お話したいことがあって参っただけです。などと言う。
門を大きく直されてはいかがでしょうとは、先ほど申しあげましたけれども、障子を開けて入ってきて下さいなんて、一言も申しあげておりませんよ、と私が言うと、それでもしつこく、もちろん門のこともありますけれども、とにかく、そこに入っていいですか? いいですよね、などと言う。
誰かが、そんな見苦しいことをなさるものではありません、と笑いながら言い、ここは若い娘たちだけの部屋でございますよと言って、さっさと追い払った後、みんなで大笑い。
障子を開けてさっさと入ってくるならともかく、入っていいかな、いいかな、などと声を上げて何度も聞いたりする人がどこにいるでしょう。それに答えて、はい、いいですよ、などという女子(おなご)も、いったいどこにおりましょう。まったく本当に、笑うしかないことでした。
明くる朝、中宮さまのお部屋に行って、このことをご報告すると、そんなことをなさる方という噂もありませんのに、よほど昨夜のあなたのことが気に入って、それでやって来られたのでしょう。可哀相に、あなたに、さんざんやり込められましたものね。本当に可哀相なお方ですこと、とお笑いになられた。
※文中の色文字は清少納言が用いた用語をそのまま用いています。
|