■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]



第1回:いかにして西部劇狂になったか
第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇
第3回:Butch Cassidy(ブッチ・キャサディ)
第4回:Butch Cassidy その2
第5回:Butch Cassidy その3
第6回:Butch Cassidy その4
第7回:Butch Cassidy その5
第8回:Butch Cassidy 少年時代
第9回:Butch Cassidy 法との係わり合い
第10回:Butch Cassidy 運命の出会い
第11回:Butch Cassidy 開拓時代の西部事情


■更新予定日:毎週木曜日

第12回:Butch Cassidy 旅立ち

更新日2007/01/11


18歳になったばかりの6月、ブッチは突如、「明朝、テリュライド(Telluride;コロラド州)に出稼ぎに行く」と母親に宣言した。母にとっては晴天の霹靂だったに違いない。おりしも、父親のマックスが明日の夕方には帰ってくるというのに、それを待たずに、なんとしてでも早朝旅立つと言い出したのだ。

不在がちな父親代わりのブッチが家を出ることは、母親アニーによほど大きなショックをもたらしたのか、アニーはその離別の様子を後々まで繰り返し残された子供たちに語っている。

まだ夜も明けきらない早朝、ブッチは雌馬のベイブと仔馬のコーニッシュを連れ、母親に押し付けられるようにして持たされたパンとチーズ、それにレーズンをサドルバッグに詰め、「必ず、すぐに戻ってくるよ」と言い残しサークルビルをあとにしたのだ。

だが、ブッチは二度とサークルビルの生家に帰ることはなかった…と信じられていたが、ブッチの家族、ごく親しい友人たちは、40年後の1925年にブッチが忽然と帰ってきたと証言しているのだ。

ブッチ・キャサディとサンダンス・キッズは、南米のボリビアで死なずにアメリカに舞い戻ってきたのではないか…というのが、このエッセイとも記事ともつかない探索記を書くキッカケになっている。

ともあれ、ブッチがどうしてそのように急いで、あたふたと終われるように、父の帰りをもう一日待たずに家を出たのか謎が残る。

親父のマックスが帰ってきて、村の代理駐在(constableと呼び正規のシェリフではなく、パートタイムのお巡りさん兼役人兼自分の本業を持っている、村の世話役的な存在) のジェームス(James Wiley)に呼び出され、息子ブッチに牛泥棒の嫌疑がかかっている旨、知らされたのだ。

一般に信じられているのはサークルビルの狭いコミュニティの中で何かと評判の芳しくないフレッドとチャーリー(この二人の姓名はわからず、ただFred, Charleyとだけ知れている)の二人が牛を盗んだ罪で取調べを受けた際、その売買契約書にブッチが売手としてサインしているのが判明したのだ。

ブッチがこのようなケチな犯罪に手を出し、それから逃れるために村を出たというのは、後に大シゴトをやるとき、冷静に計算しつくしたすえ、いざ実行する時には大胆な行動に移る彼のやりかたとはあまりにもかけ離れ過ぎているようにも思える。

今ひとつの見解は、ブッチはもうすでに村を出ることを決めていたので、家族持ちで村から出ることのできないフレッドとチャーリーに頼まれるまま、偽の売買契約書にサインしたのではないかというのだ。

言ってみれば、"俺はどうせ村を出る身だから、罪をかぶってやるよ"というわけだ。いずれにせよブッチが偽の売買契約書にサインしたのは間違いないが、どうしてそのようなことをしたかは不透明なままである。

また、ブッチがサークルビルを出た時、同時にケツルマン(Jim Kittleman)の馬がいなくなった。当然、ブッチが疑われた。多くの西部史の研究家、アウトロー歴史家はこの説をとり、ブッチの出世の理由としている。が、ケツルマン家とブッチのパーカー家は親族のように親しく、ブッチが盗賊団の親分に納まった後でも彼の家族、友人に対する忠誠心の強さは伝説的なものがあり、親戚同然のケツルマンの馬を行きがけの駄賃として盗むことは、ちょっと考えられない。

一方、どんな大泥棒でもハナから世間をアッと言わせるような大きな犯罪ができるわけではない。一番手近かなものをかっぱらうことから始め、学習し成長し大泥棒になるものだと反論する者が圧倒的多数を占めているのだが。

加えて、多くの研究家はブッチは牛泥棒の罪でパングイッチ群(Panguitch County)の牢に繋がれていたのを脱獄してテリュライドへ逃げたとしているが、パングイッチ群の裁判、刑務録にブッチ逮捕、脱獄の記録はない。ブッチの旅立ちを脱獄という華やかな発芽で飾りたかったのだろうか。

ブッチ・キャサディとサンダンス・キッズにのめり込むようになって、どの分野でも蛇の道は蛇であることを改めて知らされた。 Richard Pattersonは事実を探求する執念深さと、伝説口伝の中から真実を抽出する目を同時に持った優れた歴史家、伝記作家だ。

彼が書いた本『Butch Cassidy, a Biography』(University of Nebraska Press)によると、馬泥棒の元締めブラウン大尉が金鉱発見に沸いているテリュライドの町に持って行く馬を20頭ばかりキングトンの谷に集めており、それが丁度、ブッチが家を出た日時に一致するのを見つけたのだ。

キングトンの谷は、サークルビルから東にたった6マイルの距離にあり(ただし山越えをしなければならない)、ブラウン大尉の馬追いに合流するため、なんとしてでもその日の朝早く家を出なければならなかったのではないかと、パターソンは言うのだ。

この説は説得力がある。ブッチの師匠格のマイクは、頻繁にブラウン大尉のもとに出入りしていたので、テリュライドまで馬を移動させるのに誰か優秀なカウボーイを知らないかという問いに、マイクが愛弟子のブッチを推薦したのはありそうなことだ。

それにブッチが家を出たとき、母親が彼が余りに軽装で毛布すら持たずに長旅に出ようとしていることを語っている。彼女が無理に押し付けるように与えるまで、食料すら持っていくつもりがなかったのは、すでに誰かがそのような準備をして彼を待っていたと考えるのが自然だろう。テリュライドまでは砂漠越えといくつもの山越えが待っているのだ。野営の道具も食料も持たずに行けるようなところではない。

また、パターソンは、ブッチが旅立った朝、ケルツマンの家に立ち寄り、お別れの挨拶をしていることを突き止め、馬を盗んだ本人が元の持ち主にノウノウと挨拶に顔を出すものか、としているのは的(マト)を得た見解だ。

ともあれ、多くの謎を残しながらブッチはカウボーイ仲間のアリ(Ali Elder)ともにサークルビルを去ったのだ。


-つづく

 

第13回:Butch Cassidy 泥棒砦


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