■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]



第1回:いかにして西部劇狂になったか
第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇
第3回:Butch Cassidy(ブッチ・キャサディ)
第4回:Butch Cassidy その2
第5回:Butch Cassidy その3
第6回:Butch Cassidy その4
第7回:Butch Cassidy その5
第8回:Butch Cassidy 少年時代
第9回:Butch Cassidy 法との係わり合い
第10回:Butch Cassidy 運命の出会い
第11回:Butch Cassidy 開拓時代の西部事情
第12回:Butch Cassidy 旅立ち
第13回:Butch Cassidy 泥棒砦
第14回:Butch Cassidy テリュライド
第15回:Butch Cassidy モンテローズ


■更新予定日:毎週木曜日

第16回:Butch Cassidy マットとの出会い

更新日2007/02/08


歴史の面白さは一つの完結を見ることができることだろう。アメリカ大統領のリンカーンは暗殺される瞬間まで、ノウノウと(かどうかまでは分からないが)演劇を楽しみ、自分が1分後に撃たれるとは知らなかったが、我々は知っている。

歴史的邂逅、歴史的大事件は後の世になって客観性を帯びてくるものだし、そこから小林秀雄流の"歴史の必然"という思考が生まれるのだろう。しかし当然のことだが、我々はどんな運命が待ち受けているのか全く知らずに生きているのだ。1分後にピストルでズドンとやられるリンカーンと同じだ。そこに必然性など存在しないし、後の世になってからこじつけたような客観性もない。史実をいくら並べて見たところで、書かれた歴史から客観性は生まれてこない。あるのは歴史を書いた人間の主観だけだ。

ヘロドトス、司馬遷、ドーソン、ギボンズ、強いてはマルクスが読み継がれ、面白いのは、彼らの思考が物事を見通す広く鋭く確かな目を通して書かれているからであり、彼らの主観が豊かな思想をもって語られているからだ。そこまでお硬く出なくても、司馬遼太郎や塩野七生が面白いのは、彼らが歴史的人物の中に入り込みその人物を役者に仕立て、見事に演出しているからだ。その人物に惚れ込まなければできる技ではない。

話が七面倒臭くなる前に、ブッチ・キャサディに話を戻すことにする。30年以上経ってからマット(Matt Warner, 本名はWillard Christianson)が語る思い出談義は必ずしも史実ではない部分があるかもしれないが、それはすべての書かれた歴史がそうであるように、彼にとって真実たりうる主観なのだ。マットは死の数年前に書いた本でブッチとの出会いをいきいきと語っている。*1

マットとの出会いが、ブッチの生涯を鳥瞰図的に見ることができる今、彼のアウトローとしての生き方を決定付けたと言ってよい。マットは14歳の時にガールフレンドをめぐるいざこざから、相手の少年を棒杭で殴り殺してしまったと思い込み、郷里のユタ州レーヴァン(Levan)を逃げるように離れたが、実際には相手の少年は死んでおらず、町のシェリフもマットを追跡しなかった。

マットは人を殺めてしまったと信じ込み前半生を送った。この事件が彼のアウトロー人生の振り出しになった。14歳のモルモンボーイが突如流民としてワイルド・ウエストへ放り出され、辛酸を舐めながらカウボーイ、牛・馬泥棒として生き延びてきたのだった。

彼がブッチと出会った1880年後半には一時的に泥棒稼業を休止し、「ベティ(Betty)」という雌馬で賭け競馬をしながらコロラドを流していた。

当時のコロラドの競馬熱は異常なものがあった。他に何の娯楽もなかったというだけでは説明のつかない熱狂が鉱山町、開拓部落、牛や馬の集散地の町を巻き込んでいた。たとえばサグワッチ(Saguache, San Luis Valleyにある小さな町)でレッド・バックと名づけられた地元の馬とニューメキシコからきた馬とのレースに町全体に行き渡っていた現金の総額(約1万2,000ドルと伝えられている)が賭けられ、地元のレッド・バックが負けた結果、町全体が不況に陥ったという。こんなことはそこここの町でザラに起こった。

レースは1対1、直線コースのおよそ半マイル(800〜900メートル)で行われ、そのつど馬主同士が審判を決め、掛け金を集め、配当を割り振りしていた。勝ち馬には掛け金の2〜3割入る約束だった。公営競馬のように、庶民の楽しみに官憲が口出し、管理するずっと以前の話である。


サロンバー。観光用に復元されたもの。
中西部の田舎町にこんな観光用のサロンバーがよくある。
太目だが健康いっぱいのアルバイト女子学生が大きく胸の開いた
娼婦のドレスでウエートレスとして走り回っていたりする。
本物の娼婦さんではないのでみだりに手を触れないこと!

マットがテリュライドで対抗馬を探しながら、町で上級クラスのサロンバーに入って行ったところ、カウンターに肘をつき、人を引き付けずにおかない笑みを浮かべたブッチがそこに居た。

マットはブッチに一杯おごり、ブッチはマットにおごり返し、二人ともユタのモルモンボーイだったことを発見したのだった。ブッチはマットの持ち馬「ベティ」に勝ち目がないこと、地元の対抗馬「ムルカーイ(Mulcahy)」は百戦錬磨の強敵で、自分はすべてをムルカーイに賭けていることなどをマットに告げたのだった。

ブッチはすでに手持ち金のすべてを賭けていたのだろう、マットとはカウボーイのアウトフィットすなわち、鞍、ライフル、拳銃など金目の持ち物のすべてをムルカーイに賭けたのだった。ブッチより2歳年上のマットは、長く世の裏を歩いて来ていたが、人を見て信用する独自の目と自分の判断を行動に移す度量を持っていたのだろう、相手馬に賭けているにもかかわらず、その場でブッチに競馬の審判になるよう、頼み込んだのだった。

レースは際どかったがベティが勝ち、ブッチはすべてを失った。ブッチがカウボーイのアウトフィット、鞍や馬具一式をマットに手渡そうとしたとことろ、マットは、「鞍も馬具もガンベルトもなしの丸裸のカウボーイは、なんとしても締まらない、お前からそんなものを取り上げるわけには行かない」と突っぱねたのだ。

一方ブッチも負けは負け、賭けて負けたものをオメオメと引き取るわけにはいかないと、西部任侠仁義の議論を展開したのだった。結局、ブッチがマットの競馬のオペレーション仲間に加わり、負け分を清算することで合意したのだった。

だが、マットはブッチを対等の立場の仲間として遇し、ブッチはマットに生涯の友を見出した。二人が共に行動した期間は短かったが、西部の男同士のナマで強力な友情で結ばれたのだった。

*1: The last of the bandit rider by Matt Warner, 1937

 

-つづく

 

 

第17回:Butch Cassidy_マットとの出会い その2 

 


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