■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]



第1回:いかにして西部劇狂になったか
第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇
第3回:Butch Cassidy(ブッチ・キャサディ)
第4回:Butch Cassidy その2
第5回:Butch Cassidy その3
第6回:Butch Cassidy その4
第7回:Butch Cassidy その5
第8回:Butch Cassidy 少年時代
第9回:Butch Cassidy 法との係わり合い
第10回:Butch Cassidy 運命の出会い
第11回:Butch Cassidy 開拓時代の西部事情
第12回:Butch Cassidy 旅立ち
第13回:Butch Cassidy 泥棒砦
第14回:Butch Cassidy テリュライド
第15回:Butch Cassidy モンテローズ
第16回:Butch Cassidy_マットとの出会い
第17回:Butch Cassidy_マットとの出会い その2
第18回:Butch Cassidy_空白時代の伝説
第19回:Butch Cassidy_テリュライド、サンミゲル銀行
第20回:Butch Cassidy_テリュライド、サンミゲル銀行 その2
第21回:Butch Cassidy_代理保安官たちの追


■更新予定日:毎週木曜日

第22回:Butch Cassidy_ナゾの第4の男

更新日2007/03/22


ブッチたちがサンミゲル銀行を襲い、記録的な短時間でシゴトを終え、テリュライドから第一のリレー地点まで馬を疾走させているとき、ブッチ、マットの前の雇い主ハーリーに出くわしてしまったことは前に書いた。

そのハーリーは顔をよく知っているブッチ、マットのほか二人、計4人いたと証言している。もちろんもう一人はトムだが、第4番目の男がいたというのだ。これが7人いたのを8人に取り違えたのなら、まだ勘違いの可能性があるが、3人と4人ではどんな子供でも間違えることはない。

加えて、続々と現れた目撃者も、銀行の外でトムの他にもう一人、馬に乗って待っていた仲間がいたと言い、町中を駆け抜けるときにも4人だったと証言しているのだ。実行犯が4人いたのは確かだ。

ところが、マットの書いた本では第四の男が欠落しており、犯行も逃避行も3人としているのだ。


サンダンス・キッズ
本名ハリー・ロンガボー(Harry Longabaugh)はシャレ者だった。
これはフォートワースの5人組として有名な写真の一部。
抜群の運動神経を持つガンマンだったが、
同時に優れたカウボーイだった。

サンダンス・キッズの姪っ子ドーラ(Dora Ernest)の本では、彼女独自の調査から第4の男はサンダンス・キッズに違いないと推測している。もし前の年にコルテスで彼らが出会ったとすれば、その時すでにサンダンスは血の気のはやるアウトローになっていたし、そのようなシゴトに諸手を上げて飛び込む下地があるにはあった。

サンダンスはトムの牧場からほんの8マイルしか離れていないお隣と言ってよいくらいの距離にある義理の兄が持つ牧場にいたので、互いに知り合いになったことは充分考えられるし、一度知り合いになると、アウトロー間での嗅覚で同党の臭いをかぎ分け、さらにお近づきになるのは自然の理だというのだ。

だが、ドーラが挙げているのはいずれも状況証拠であり、他に誰がいる?、サンダンス以外にいないではないかという、一種の消去法で残ったのがサンダンスという推論なのだ。

銀行襲撃後、真っ先に逮捕されたバート(Bert Madden)が第4の男だったというのがしばらく定説になっていた。バートもすでに牛馬泥棒では名を馳せ、アウトロー人生を踏み出していた上、兄のサロンバーでブッチたちと一緒にいるところを何度も目撃されている。バートがこの襲撃を事前に知っていたことは充分に考えられるが、実行犯として犯行に参加しているなら、なぜ3人組と一緒に逃げずにオメオメと逮捕されたのか、満足な説明はない。

マットが自伝を書いたのは(出版されたのは)1937年、死の1年前のことだ。マットは更生し、長年プライス(ユタ州、Price)の町でシェリフを勤め上げ、地元の誇りとなる代表的人物になっていた。大泥棒のアウトローが尊敬されるシェリフに収まることができるのは、なんとも大陸的というか西部の大空を見るようなおおらかさで、一度罪を犯すと本人だけでなく、一族郎党全員が生涯日陰者扱いを受ける、どこかの島国との違いを見せ付ける。

マットは犯罪者としての心理とシェリフとして法を追求する立場との両面を見ることができる人生を送った。彼が自伝を書いたとき、敢えて4人ではなく、一人を減らし、3人としたのは、何らかの理由でその第4の男の名前を隠そうと意図したのだと思う。と言うことは、その男が1937年当時生きており、アウトローとしての過去を秘めて、まっとうな生活を送っているのを庇おうとしたのではないか、と私は思っている。

サンダンスなら、ブッチと共にボリビアで殺されたと信じられ、そのことは1900年の初めにすでに広く知れ渡っていたから、あえて第4の男として名前を隠す必要はなかったはずだ。

ブッチには彼を慕って子犬のようにどこまでもついてくる弟たちがいた。とりわけすぐ下のダン(Dan Parker)は、ブッチを追うようにテリュライドの鉱山に出稼ぎ出てきているし、コルテスのトムの牧場も訪れている。その上、アウトローシンパとして有名なユタ州のカールスリーの牧場で長いこと牧童をしていたことがある。

マット・ワーナーが本を書いた1930年代にはダンはとっくに更生し、真っ当な人生を小さな牧場主として送っていた。もしマットが名前を隠し、庇わなければならない人物がいたとすれば、このブッチの弟ダンに違いないと推論するのだが、どうだろうか。


モンティチェロ(Monticello、Utah)の北西5マイルにあった
カールスリー(Carlsle)の牧場付近。
カールスリー牧場はアウトローの隠れ家としては地理的に
およそ不適当な場所にあるが、一種の中継地として、
あるいは一時的な休息地として利用されていた。
このようなアウトローシンパの牧場主がワイルドウエストには多かった。
ここにテリュライドでシゴトを終えたブッチたちが立ち寄ったことは
カールスリーの牧童だったゴードン(Gordon W. E.;人呼んで
"Latigo Gordon")が証言している。

ブッチは筆まめな男で、手紙を沢山書いており、ダンとの文通が一番多い。常に追われる身であったブッチは手紙の最後に、読み終わったら必ず焼去するように指示しているので、残念ながら現存するものは少ない。その中で常に「俺はこんなことになったけど、お前は真っ当な道を歩め」と諭しており、いかにも年長の兄貴が弟に一度踏み外した道を諌め、更生しろ言っているようすが浮き上がってきてほほ笑ましい。

ダンは3人組とカールスリー牧場まで一緒に来て、そこで別れたと私はみる。マットは最後まで第4の男の名を明かさずに死に、ダンに安らかな後半世を送ったと推論するのが自然だと思うのだが、これも状況、心情から導いた私感にすぎない。

-つづく

 

 

第23回:Butch Cassidy_モアブの渡し


TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部女傑列伝4
亜米利加よもやま通信 】 【現代語訳『枕草子』 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
  [拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]
[フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

   
このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。

Copyrights 2017 Norari