第79回:フォルサム列車強盗始末
更新日2008/05/15
列車強盗に失敗した4人組みは夕食の準備中だった。エルジー・レイはキャンプから約45メートル下のクリークまで水を汲みに降りて行くところを追跡団が放った銃弾に肩を射抜かれた。2発目は背にヒットし、エルジーは吹き飛ばされるように倒れ、そのまま気を失った。ブッチの右腕として、ワイルドバンチの作戦本部長としてのエルジー・レイのアウトローライフは、この2発の銃弾により終わりを告げたのだ。
このターキー峡谷銃撃戦には、ニつのヴァージョンがある。
先に書いたように、エルジー・レイは瀕死の重傷を負い、気を失ったまま倒れていたのを、雨アラレのように降り注ぐ銃弾の中、ハービーがエルジーを担ぎ出し、馬に乗せターキー峡谷から脱出したというのが一つ。
もう一つは、後に開かれた裁判での原告側の供述である。追跡団の法廷での証言は自らの正当性、逮捕、発砲に法的な間違いがないことを主張し、且つ犯人グループに重罪を科すためになされるので、必ずしも事実に則しているとは言えない部分が残るが、ともかく追跡団サイドの証言によれば、シェリフのファールが強盗団に大声で、「両手を挙げろ!」と叫び、それに呼応するようにエルジーがライフルを構え、同時にシェリフもライフルを撃った。
エルジーは肩を撃たれ、シェリフも手首に銃弾を受けた。エルジーはなんとか身を隠し応戦し始めたが、2発目を喰らい、シェリフ・ファールもエルジーの銃弾を受け、その傷が元で死んだという、まったく相容れない状況説明をしている。
誰でもすぐに気付くことだが、アウトローを逮捕するとき、自分の身を隠さずに自らを相手に曝し、大声で、「両手を挙げろ」と叫ぶ馬鹿はいない。必ず岩陰や木立に身を隠し、アウトローたちを包囲するように8人もいた追跡団を展開させてかてから、降伏勧告するのがイロハのイの字だ。それをせずに、大声をあげてエルジーに降伏を呼びかければ、キャンプ地にいた他のアウトロー仲間に聞かれ、応戦の準備をせよとご丁寧に教えてやっているようなものだ。
エルジーがライフルを持って水場に行ったというのもおかしい。ガンベルトは外さずに腰に巻いていたとしても、エルジーは夕食準備のため水を汲みに行っていたのだ。バケツなり鍋なり水を入れるための容器を下げていただろうから、重いライフルを持ち歩いていた可能性は少ない。
事実関係だけを拾えば、ブラックジャックの弟、サムは数知れず被弾した状態で逮捕され、サンタフェに移送され、そこで7月24日、敗血症のため死んだ。ハービー・ローガンは8人もの追跡団を相手に孤軍奮戦し、エルジーを連れ夕暮れにまぎれて脱出した。
この無傷での脱出は、ハービーの面目躍如たる、まさに伝説的逃避行となった。いくら場数を踏んだワイルドバンチきっての動物的勘の持ち主ハービーとはいえ、この脱出は多分に追っ手のお粗末さに助けられたと言ってよい。
ブラックジャック・ケッチャムは、何かの理由でターキー峡谷におらず命拾いをした。追跡団サイドでシェリフ・ファールとボランティア・カウボーイで保安官補のラブが命落した。
この逮捕劇は、追跡団にニ人の死者を出し、しかもハービーとエルジーを逃している。逮捕時に命を落としたニ人のローマンを弔うためにも、原告側はなんとしてでもハービーとエルジーに殺人罪を着せる必要があったのだろう。原告の供述にもあるように"45分間も続いたアラレのような銃撃戦"で、一体誰が撃ったタマが誰に当たったのか、知ることは不可能なことだ。
逃亡生活を続けながらエルジーは奇跡的に回復しつつあったが、8月22日、身を隠していたキャビンを3人のローマンに急襲され逮捕された。近隣の牧場主ルスクが密告したのだ。WS牧場のフレンチはエルジーの保釈金の支払いに合意した。しかし、裁判は異常な速さで行われ、保釈が許されないまま、10月10日、エルジー・レイに終身刑の判決が下った。

囚人服姿のエルジー・レイ。
ワイルドバンチの面々は往々にして非常に強い忠誠心を持っていた。
それが仲間との結びつきとなったり、肉親への思いやりになって
表れたりする。エルジー・レイは刑務所長の家族に対し、
強いローヤリティーを持ち、模範囚になった。
それはマット・ワーナーやブッチにも共通している性格だ。
ニューメキシコの刑務所でエルジーは奇妙な働きをする。入所後間もなく、囚人たちが反乱を起こしたのを一人で取りまとめ、瀕死の重傷を負った看守の命を救ったのだ。そしてもう一度、数年後、武装した囚人が刑務所長の家族を人質に取り、脱獄を図ったとき、すでに刑務所長の信頼を得ていたエルジーは、サンタフェまで馬を飛ばし騎兵隊へ出動を要請したのだ。州兵が刑務所に着くと同時に、反乱グループは投降し、一人の怪我人も出さずに事件は終わった。
ということは、エルジーはこの事件の前に、すでに刑務所内で一種特別な地位を築いていたのだろう。彼の仕事は刑務所の電気系技師だった。刑務所長の私邸で何度も食事をしているし、所長夫人はエルジーに惚れ込んでいたのではないかと思いたくなるほど、諸手を挙げてエルジーを絶賛している。エルジーのレディーズマンとしての名はダテではないことを証明した形になった。
ニューメキシコ州知事、オテロ(Miguel A. Otero)はエルジーに恩許を与え、1906年1月10日、エルジーは出所した。WS牧場のフレンチは、ある日突然、牧師のような服装をしたエルジーの訪問を受けた思い出を書き残している。その時、すでにブッチとサンダンス・キッズは南米に去り、ワイルドバンチは壊滅していた。時代はアウトローが荒野を駆け巡ることを許さなくなっていたのだ。エルジーは更生し、再婚してカンサス州に住み、原油発掘の技師などをした。その後カルフォルニアで亡くなった。
ブラックジャック・ケッチャムは、弟のサムの復讐戦とばかり、単独で南コロラド鉄道を、しかもなんと同じ地点のフォルサム近くで襲ったのだ。だが、すでに充分警備体制を固めていた公安に右腕と左肩を撃たれた末逮捕され、死刑になった。彼はクレイトンの町で縛り首になり、首が伸びきり足が地上に着くほど長い間見せしめのため曝された。
…-つづく
第80回:アウトローからの更生への道

