■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]


第1回:いかにして西部劇狂になったか
第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇
第3回:Butch Cassidy(ブッチ・キャサディ)


■更新予定日:毎週木曜日

第4回:Butch Cassidy その2

更新日2006/10/26


前回の荷車移住団に関連する記事をのらり編集部に早めに送り、4日の予定でユタ州中南部を回ってきた。西部劇、アウトローの話によく登場するヘンリー山(Henry Mountain)に登り、アウトローたちの隠れ処だったロバーズルースト峡谷(Robbers’ Roost,“文字通り泥棒たちの巣”と呼ばれている)を徘徊する予定だった。途中この半径100キロの円周で唯一の村、ハンクスビル(Hanksville)を通ったところ、そこに忽然と人力荷車が錆びるにまかせ打ち捨てられているのを見つけたのだ。

英語では“Hand Cart”と呼ばれたが、どんな荷車なのか書いている本人のイメージが明確でないのに、読み手に伝わるわけがないというものだ。読者はスーパーのショッピングカートを想像してしまうんじゃないかと思いつつも、ただ“荷車”と呼び捨ててしまったのだが、それがこのモルモンの村、アウトローたちが行きかったハンクスビルにあったのだ。大きな2輪の引き車で、要は大型のリヤカーなのだが、人力車の貨物版、大八車と呼んだ方が当たっているかもしれない。


この荷車は鉄のフレームだが、移住団のものの多くは
木の車輪に鉄板をぐるりと回し車輪を保護し、
車体も木の枠組みだった。

荷車の多くはモルモントレールの出発地、アイオアシティで即急にあつらえたものらしく、よく乾燥していない木材を使っているだけでなく、車輪やフレームを作るにはおよそ適しいないあり合わせの木材を使ったようだ。結果30%内外の荷車が空中分解し、他も常時補修しながらの移動を余儀なくされた。

ヘンリー山は大雨、後に吹雪に変わり、山裾まで雪に覆われ、あわや山に閉じこめられるところだった(3日間天候回復を待ち、ほうほうの態で山から下りてきたハイカーに出会った)。日没前に麓までどうにか山を降り、ハイデザート(高原砂漠)にママヨとばかりテントを張り一夜を過ごすことしたのだった。

夜9時頃だろうか風が回り出し、嫌な雰囲気だなと第六感に響いたその瞬間、ゴーッと地をゆするような轟音と共に突風が襲い、ババッと鈍い音と共に強風に煽られた大きなビーチボールのように転り、テントが闇夜に消えていくのが網膜をよぎったのだ。

オーイ待ってくれとばかり数歩駆け出したのだが、墨汁の中に顔を突っ込んだような真っ暗闇、おまけに私たちのトラックは黒なのだ。万が一テントを捕まえたところで、このミゾレ混じりの暴風のなかテントを抱えて一体どうやってトラックまで戻ればよいのだ。私にとってテントと寝袋を失くするのは大きな痛手だったが、この氷雨の中をさまよい歩き凍死するより装備を失うことの方をとっさに選んだのだ。

幸いなことに、連れ合いと私はテントの外に出ていたので、洗濯機のドラムの中の体験をせずに済んだのだった。

それから、濡れそびれた衣服のまま、長い夜を烈風に煽られ揺れ動くトラックの中で夜明けを待ち、まんじりともせずに過ごした。ヨットで暮らしていた時にこうしてアンカーウォッチをしながら、錨が流されていないか、走錨した他の船が私たちのヨットに接近して来はしないか、コックピットから頭だけ出し不安な夜を過ごしたことを思い出し、妙なところからヨットと海への郷愁が湧いてきた。

このように、アウトロー探索の旅は時として、開拓時代と変わらぬ大陸の気候の変化の激しさを体験させてくれるのだ。

テントを失くしたので、ヒッピー崩れ(わたしも同類かな?)がやっている温泉で暖まり、そこにあるパイオニアキャビンなるものに泊まることにした。モンローの村はブッチが少年時代を過ごしたサークルビルから僅か30キロ北にあり、村はずれの山すそに元芸術家、イラストレーターがまだ少女のあどけなさを残すフランス人の奥さんとニ人でやっている『ミスティック温泉』*がある。この温泉はアメリカ的にぬるま湯温泉ではなく(そういう温度のプールもあるが)、しびれるくらい激熱から、長湯用の湯加減までバラエティに選択できるので、私たちのお気に入りの温泉の一つになっている。

温泉といっても日本の商業化された観光温泉とはおよそかけ離れたものだ。広大なキャンプ場とRVパークがあり、山に取り付く急斜面に5メートル四方のコンクリート打ちっぱなしの浴槽がある。さらに階段とも呼べない滑りやすい石段を上ったところに、古式豊かなバスタブが3個、またさらに30メートルほど登ったところに3個並べて置いてある。

このバスタブは西部開拓時代のもので、西部劇でおなじみの一階には娼婦たちがたむろし、ギャンブラーがポーカーをしたようなバー、2階はホテルの部屋兼娼婦たちの棲いだったサルーンから持ってきたもので、最近のモーテル、ホテルのバスタブのようにお湯の消費を抑えるためチマチマと窮屈なミニチュアサイズではなく、超大型のユッタリしたものだ。

このバスタブで湯に浸りながら眺めるフィッシュレイク連山と山間に沈んだように細長く広がるモンローの村の景観は、時間の流れと失くしたテントのことを忘れさせてくれた。


骨まで氷ったハイデザートでの一夜の後の温泉は、
心まで溶かしてくれた。満足顔の連れ合い。
西部劇の娼婦ではない。念のため。


湯元、ここから流れ出すお湯を地面に
細い溝を掘りバスタブまで導いている。


この温泉はインデアンたちにも知られていた古いもので、
開拓時代にはこのような木のパイプで
お湯をモンローの村へと供給した。

歴史に名を残す名所旧跡を訪れる人々の心理には常に幼稚な自己投影がある。芭蕉が平泉で耽った感慨と私が西部パイオニア、カウボーイ、ギャンブラーそして娼婦たちが浸ったであろうバスタブの中でアウトローたちが行き交った地を眺める心理に大差はない…、しかしそれをいかに詩的に表現するかに天と地の開きがあるのだが…。

*『ミスティック温泉』 http://www.mystichotsprings.com
入浴料は5ドル、パイオニアキャビン35ドル。オーナーはジェリー・ガリシア率いるグレイトフル・デッド(Grateful Dead)のレコードジャケットのイラストを担当したこともあるアーティスト。


-つづく

 

 

第5回:Butch Cassidy その3


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