■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]


第1回:いかにして西部劇狂になったか
第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇
第3回:Butch Cassidy(ブッチ・キャサディ)
第4回:Butch Cassidy その2
第5回:Butch Cassidy その3


■更新予定日:毎週木曜日

第6回:Butch Cassidy その4

更新日2006/11/09


ある時代に、沸き返るような熱が起こることがある。

アメリカ中西部の山歩きをしているとゴールドラッシュ期の廃坑をそこここに見ることができる。よくぞこんな山奥の、しかも水場から離れた岩山に鉱山を開発したものだとあきれるばかりだ。そしてそんな鉱山の90パーセント以上は失敗に終わり、採算が取れた金鉱は極めてまれだった。

全般にみて失敗した鉱山につぎ込んだ費用は実際に採掘した金を上回ると言われているが、誰が統計を自分に当てはめて生きるものか。あらゆる博打、カジノ、競馬、競輪、宝くじに賭けるのは数理的な確率を冷静に読み、勝算があるからではない。たとえ1%の勝算しかなくとも、人は現状から逃れるために、そこに賭けるものだ。

アメリカの西部開拓時代は、モノに憑かれたような熱が広がった。われもわれもと西に向かった。この浮かされたような熱は夢のような成功をもたらしもしたが、多くの犠牲と挫折も生んだ。宗教グループは信教の自由と理想郷をめざして、商売人は一攫千金を狙い、夢見がちな若者は漠然とした何かを期待して、ならず者たちは官憲から逃れるため西へ、西へと進んだ。

ブッチ・キャサディの両祖父母は信仰のためにユタ州へと移住したがゴチゴチに固まったイギリスの階級社会から逃れようとした要素もあったことを否定できない。自分の故郷で豊かさを享受し、ばら色の将来が約束されているなら、誰が自分の根を断ち切り、新大陸へ渡るものか。

モルモン教がヨーロッパで布教に成功し、アメリカへの移住民を数多く獲得したのは、そんな背景が作用していたに違いない。また、アメリカ国内でもヨーロッパの旧態を引きずっていたニューイングランドからモルモンのユタ移住に参加した者が多かった。

移住してきた信者たちは一度ソルトレイクシティに収容され、そこから教団の指示に従い各地に配属された。ブッチの父方の祖父はイギリス、ランカシャーでの毛織物の技術をかわれ、ユタ南部のビーバー村に羊毛産業を興そうという教団の意向でそこへ移り住んだ。

母方の祖父母もまだ最初の入植者が入って10年と経っていないビーバー村興しに大工(祖父のジリーズは優れた大工だった)が必要だと出向した。そこビーバーでブッチの父、マキシミリアン・パーカー(Maximillian Parker) と 母アン・ジリーズ(Ann[Annie] Gillies)は出会い結婚した。アンの19歳の誕生日、1865年7月12日のことだった。

その翌年、アウトロー史上だけでなく西部開拓史において、数々の伝説を生んだ人物として語り継がれることになる・キャサディが、ロバート・レロイ・パーカー(Robert LeRoy Parker)として生まれた。今流に言えばハネムーンベイビーである。1866年の4月13日のことである。その後ブッチの両親は12人の子供を生み続け、ブッチは総計13人兄弟の長男となる。


ブッチの顔を正面からはっきりととらえた写真は
2枚しか存在しない。テキサスはダラスの写真館で、
ワイルドバンチ5人組がバシッと決めて撮ったものと、
このララミーの刑務所に入所したときに撮られたものだ。
他に十数枚現存するが、集合写真だったり
距離が遠すぎたり、ピントが合っていなかったりで、
顔を的確にとらえていないのだ。
[出典:Wyoming Territorial Prison, Laramie.]

ブッチの幼年、少年時代を知る手がかりは非常に少ない。18歳年下の妹、ルラ・ベテンスン(Lula P. Betenson)が両親から聞いた話をさらにドーラ・フラック」(Dora Flack)に語り、それを聞き語りとして本にまとめたもの(*1)と、ブッチのアウトロー仲間で後に変身し保安官になったマット・ワーナー(Matt Warner)が、晩年になって書いた著書(*2)の中で、ブッチから聞いた少年時代の思い出話が手短に語られているだけだ。

ブッチがユタ州のモルモン開拓部落のほかの子供たちと変わらない生活を送っていたことは想像できる。

母親のアンは生涯熱心なモルモン信者で、日曜には必ず子供たちを引きつれ教会に出かけたが、野良仕事をするようになったブッチは何かと理由をこじつけては教会をサボル傾向があったようだ。

だが、日曜の夕方、恒例になっていた近所一同寄り集まっての晩餐とコーラスでは冗談を飛ばし、ハーモニカを吹き、場を盛り上げ集会の中心になっていた。また次々と生まれてくる妹や弟の面倒を長男としてよくみていたようで、兄弟からも慕われていた。

あり余るエネルギーと頭の回転の速さと、誰にでも好感を持たれる明るい性格は、その頃から際立っていた。

-つづく


*1:Butch Cassidy My brother. Lula Parker Betenson as told to Dora Flack
Brigham Young University Press, Provo UT

*2:Last of Bandit Riders. Matt Warner
Bonanza Books, NY

 

 

第6回:Butch Cassidy その4


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