のらり 大好評連載中   
 
■フロンティア時代のアンチヒーローたち~西部女傑列伝 5
 

第13回:カルト・ケイト ~混同された二人のケイト

更新日2017/08/31

 

エドワード・タワーズが主幹を務める『シャイアン・デイリー・リーダー』紙は、もちろん牧畜男爵組(ワイオミング牧畜養成協会;W.S.G.A.)の息が盛大にかかった、お抱え新聞だが、ワイオミングで一番読まれている新聞でもあった。
 
もう一社、『シャイアン・サン』(Cheyenne Sun)というデイリー・リーダーの競争相手の新聞社があった。この『シャイアン・サン』紙はエドワード・A・スラック(Edward A. Slack)という男が孤軍奮戦しているような新聞だった。当時としては、スラックは巨大と言ってよいほどの体躯の持ち主で、押し出しも強く、疲れを知らぬ行動派だった。彼の図太い指がタイプライターのキーを正確に打つ様は、まるでクマが机に向かっているようだったと言われた。

この『シャイアン・サン』紙も牧畜男爵寄りの記事を多く載せているから、特別リベラルな論壇を張っていたわけではない。ただ、『シャイアン・デイリー・リーダー』紙のタワーズより、多少は実証的、具体的な“事実”に重きを置いていた。

マスコミと言っても、当時は新聞だけだったが、何よりも売れなければ存続できない宿命を背負わされている。買ってくれる読者があってはじめて成り立つショーバイだ。スラックの『シャイアン・サン』もタワーズの『シャイアン・デイリー・リーダー』もその意味では同じ土俵に立っていた。タワーズに負けないため、勝つためには、スラックはよりセンセーショナルで詳細な記事を書く必要があった。この大事件で遅れを取ると、自分の新聞そのものが危機に陥るとスラックが考えて当然だろう。

7月23日付けの『シャイアン・サン』は『シャイアン・デイリー・リーダー』に遅れを取ったが、詳細でよりセンセーショナルにリンチ事件を報道した。スクープには負けたが、事件後のフォローとヒューマンドラマ、個人情報的ゴッシプでは負けてはいないことを示したのだ。とは言え、スラックがスイートウォーターの事件現場まで行っていないことは確実で、大急ぎで集めたケイトとジェイムスの略歴がより詳しく劇的に語られているだけで、事件そのものの新しい局面は全く書かれていない。

カトル・ケイトという名前も、スラックの記事が出てから一般的に広がった。私の小伝でも簡略化するため、ケイトで通してきたが、スラックの記事が載る前まで、彼女はエレン(Ellen Watson)と呼ばれていた。いずれにせよ、ケイトとジェイムスは極悪のアウトロー扱いで、ケイトは自らも春を売り、娼館を営むマダムになっており(当時西部では売春は違法でなかったが)、かつ逮捕歴を持つ牛泥棒であり、ジェイムスは殺人事件を2回起こした前科者に仕立て上げられた。このスラックの記事がタワーズの記事に追い討ちをかけ、ケイト=娼婦のイメージが固定されてしまった。それが演繹され“女王蜂ケイト” “スイートウォーターの女王”と呼ばれるようになり、それが現代まで緒を引いている。

「カトル・ケイト」という通称=アダナは、固有名詞というより一般に広く使われていた呼び名で、若造を「キッド」と呼ぶようなものだった。昔、私がプエルトリコの東にある小さな島に住んでいた時、島の人たちは私を「チノ」(中国人)と呼んでおり、中国と日本が別の国であることをどうにか知っている見識のある?若者が、「サーノはチノではない、ハポネス(日本人)だ、チノとハポンは別の国だ」と、人々が私をチノと呼ぶたびに訂正してくれていた。チノがハポネスに変わり、さらにサーノになるまで3、4年はかかっただろうか。キューバ人は何時まで経っても「クバーノ」、ドミニカンリパブリックから来た人は「ドミニカーノ」、数が多くなると真っ黒のドミニカーノ、チビのドミニカーノと肉体的特長をそのまま呼び名にしていた。西部開拓時代もアダナ全盛で、戸籍通りの本当の名前には誰も拘泥しなかった。

スラックがもう一人の少しは名の知れた娼婦のカトル・ケイトを、エレン・ケイトと混同していたのは明らかだ。ケイトという名前は当時とてもポピュラーな名前だったし、ワトソンも決して珍しい苗字ではない。この二人を取り違える要因はあったにしろ、娼婦の方のカトル・ケイトは、スイートウォーターとはかけ離れたアルバニー郡の町フィッターマンで派手な撃ち合いを演じ、殺人容疑で裁判に架けられたことがある筋金入りの娼婦だった。

この撃ち合いと裁判の模様は『シャイアン・デイリー・リーダー』に載ったので、タワーズとスラックがそれを記憶しており、娼婦ケイトとエレン・ケイトとを混同したのだろう。娼婦のケイトの本名も紛らわしいことにエラ・ウィルソン(Ella Wilson)だった。

それにしても、シャイアンの2大新聞は軽率だった。第一、娼婦のケイトは40過ぎの混血で痩せ型、背丈も中背、しかもガンファイトの傷跡が首にクッキリと残っており、彼女と一夜共にするのは余程長いこと女性から離れており、その上相当酔っていなければできることではないとされていた。このエラ・ウィルソン・ケイトは目に一字もない文盲で、裁判の時のサインはElla Wilsonの下にXとサインしている。

一方、我がエレン・ワトソン・ケイトの方は肉付きの良い大女で、28歳になろうかという女盛りだったから、どちらのケイトにしろ本人を知っているなら、二人を取り違えることなどあり得ないことだった。タワーズもスラックもただ記録と又聞き、伝聞だけで記事をでっち上げ、エレン・ケイト=娼婦、アウトロー、殺されて当然の牛泥棒と帰結したのだ。

私は、タワーズは意図的に二人のケイトを混同したのだと思う。何としてでもリンチをかけた側に正当性を持たせるために、ケイトもジェイムスも人々に憎まれ嫌われる存在に仕立て上げる必要があったのだ。娼婦のケイトとエレン・ケイトが全く別の人間であることは、重々承知していながら、話題性を付け加え、センセーショナルな記事にするためにエレン・ケイトをワイオミングで少しは有名だった娼婦のケイトにしたのだと思う。そのタワーズの記事に『シャイアン・サン』のスラックはまんまと乗ったのだろう。

-…つづく

 

 

第14回:カルト・ケイト ~全米に知れ渡ったダブルリンチ事件

このコラムの感想を書く

 

 

 

 


佐野 草介
(さの そうすけ)
著者にメールを送る

海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 4
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 3
[全7回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 2
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部女傑列伝 1
[全39回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part5
[全146回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part4
[全82回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part3
[全43回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝 Part2
[全18回]

■フロンティア時代のアンチヒーローたち
~西部アウトロー列伝
[全151回]

■貿易風の吹く島から
~カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]

バックナンバー
第1回:カルト・ケイト
~カナダ生まれの気骨ある女傑
第2回:カルト・ケイト
~結婚と破綻、そしてワイオミングへ

第3回:カルト・ケイト
~ジェイムス・アヴェレルとの出会い
第4回:カルト・ケイト
~アンチ牧畜男爵的思想の芽生え
第5回:カルト・ケイト
~大牧場で富を独占していた牧畜男爵
第6回:カルト・ケイト
~牧畜捜査官ジョージ・ヘンダーソン

第7回:カルト・ケイト
~仕組まれたリンチ総決起集会
第8回:カルト・ケイト
~牛泥棒と決め付けられリンチへ

第9回:カルト・ケイト
~ジェイムスも一緒に連行される
 
第10回:カルト・ケイト
~大木に吊るされた二人

第11回:カルト・ケイト
~リンチの報道合戦始まる
第12回:カルト・ケイト
~用意されていた新聞記事?!

■更新予定日:毎週木曜日



  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【フロンティア時代のアンチヒーローたち ~西部女傑列伝4
 【亜米利加よもやま通信 】 【現代語訳『枕草子』 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

     

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2017 Norari