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■フロンティア時代のアンチヒーローたち~西部女傑列伝 5
 

第15回:カルト・ケイト ~検死官ベネットの見解

更新日2017/09/14

 

カーボン郡の検察官デイヴィッド・クレイグは多分に牧畜男爵の息かかかった政治的人間だった。クレイグはリンチ組を逮捕したワトソンが、逮捕権は持つものの正規の保安官、シェリフではなく、便宜的に任命される保安官補であったこと、リンチに遭ったケイトとジェイムスの検死が法的な手順を踏んで行なわれなかったことなどを挙げ、ケイトとジェイムスの検死を判事、陪審員立会いのもとで再度行うことを要求したのだ。

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検死官であり、平和維持判事でもあったジェイムス・A・ベネット(James A. Bennett)。
彼はリンチに架けられたジェイムス・アヴェラルとは古くからの友人であり、
何とか牧畜男爵たちの横暴を抑えようとしていた。

カーボン郡で正式に検死できる人間は皮肉なことにジェイムスの友人であったこのベネット(James A. Bennett)だけだった。同時に、ベネットは平和維持判事でもあった。

ケイトとジェイムスが吊るされた2日後の7月23日に、カーボン郡の判事ワードは検死官としてベネットを現場に送った。暑い最中のことだ、二人の死体は腐臭を放ち始めていたことだろう。それにしても、司法者の対応、動きの早さは目を見張らせるものがある。

立会人、陪審員の下で二人の墓を掘り起こし、棺桶を開けたまではよかったが、恐らく膨張が始まっていたのだろう、何とかリンチの残痕を掴もうとしたベネットでさえ、検死は不可能とコメントするしかなった。

01
検死の報告書。
ベネットが検死を行い、陪審員がサインをしている。
<ワイオミング州立博物館蔵>

検死官としてのベネットは、たとえ検死の結果がどうであれ、大勢目撃者がいることだし、リンチ組6人を有罪に持っていくのは容易なことだと思ったのだろうか。また、誰しもそう信じていた。その時点で、牧畜男爵たちが裁判にまで強い影響力を持っているとは想像していなかった。

陪審員は法廷だけの情報をもとに、外からの影響や雑音、先入観なしに判断することを求められ、陪審員同士でどのような会話がなされたか、誰がどう言ったかなどは外部に漏らさないことになっている。だが、これらはあくまで建前であり、テレビはおろかラジオさえなかった当時でさえ、新聞、雑誌が立てる騒音を全く聞かずに白紙で陪審に臨むことなどできるはずがない。

リンチが起こってから裁判まで、裁判中のマスコミをチェックしていて、その量の多さにタジタジとなったことだ。震源地の『シャイアン・デイリー・リーダー』、そして『シャイアン・サン』、『ニューヨーク・ワールド』、『ポリス・ガッゼット』、ジェイムスとケイトに同情的な『カスパー ウィークリー・メイル』、『ララミィー・ブーメラン』、『スィートウォーター・チーフ』、『ラスク・ヘラルド』、『デンヴァー』、『ビル・バローズ・バジェット』、『カーボン・カウンティー・ジャーナル』、『スットック・ジャーナル』などのワイオミングの新聞、コロラドの『ロッキーマウンテン・ニューズ』に『デンヴァー・リパブリカン』、ユタ州の『ソルトレイク・トリビューン』と、文字通り膨大な記事が書かれているのだ。記事の大半はこの事件に対する論評、意見で、具体的な事実関係に言及するものは皆無に近いのだが、こんな記事を陪審員は読み、耳にしていたに違いない。

大騒動と呼びたくなるような状況下で、10月16日に設定された公判になだれ込んでいった。その間、重要な証人、ジェイムスが拉致された時の目撃者、ジェイムスの甥、ラルフ・コールが急死した。

リンチ事件の前の年“マウンテン・フィーヴァー”(山岳熱病)と呼ばれた熱病が西部一帯に流行り、ラルフがそれに罹った事実はある。マウンテン・フィーヴァーで命を落とすこともないではない。だが、リンチのあった年、1889年の夏には流行は収まっていたし、ラルフは叔父のジェイムスが殺害された後、郵便局と店を引き継ぐ形でスィートウォーターに留まっていた。

そしてラルフはジェイムスとケイトが住んでいた小屋(リンチ組のボスウェルの隣にあった)に住んでいたところから、リンチ組のボスウェルがラルフを殺害した…可能性が非常に高いと、『カスパー・ウィークリー・メイル』のフエッツとスピアーは書いており、ラルフを診察し、また臨死した医師ハイネス(A. H. Haynes)がリンチ組の一人ボブ・コーナーと懇意であり、ラルフの死の前にボブからウイスキーを受け取っていた事実を突き止めたと書いている。そのウイスキーを元気付けのためにラルフに与えたというのだ。しかし、いくら牧畜男爵側に組していたとはいえ、医師であるハイネスがラルフ殺害まで犯すだろうか。たしかにボスウェルたちリンチ組が何をやっても不思議でない土壌があるにはあった。リンチ組には常にキナ臭ささが付きまとってはいるにしろ、ラルフの死因は現在に至るまではっきりとは分かっていない。

と、ここまで書いたところで、ラルフの最後の数日間、看病したフエッツとスピアーの供述書を見付けた。といっても、アウトローリサーチャーの孫引きだが…。いつものことながら、リサーチャーたちの執念には呆れ、尊敬するばかりだ。この本、『The Wyoming Lynching of Cattle Kate 1889, by George W. Hafsmith』は、このケイト・リンチ事件の非常に優れたリサーチ、ドキュメントを網羅している。インターネットで知ることができる情報などは限られたものだと、教えられる。第一次史料に直接当たることの大切さを知らされたことだ。

-…つづく

 

 

第16回:カルト・ケイト ~ジェイムスの甥、ラルフの死

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第9回:カルト・ケイト
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